夢茶☆苦茶

廻谷リリコ(女)

杉村テルミ(男)

マルトノ博士(男)

山葉ノゾミ(女)

河合トシヲ・カシヲ(男)

 

 

【現実・マルトノ研究所】

 

・・・机の上に辞書が置いてある。

・・・廻谷、出てきて辞書を読み始める。

 

廻谷「夢。将来実現させたいと思っている事柄。現実から離れた空想や考え。心の迷い。はかないこと、たよりにならないこと。睡眠中にあたかも、現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像。…辞書にはこれしか載っていない。夢、夢ってなんだろう。なんかこう曖昧でよく分からない、何か。

 

・・・廻谷、辞書に挟まっていたメモを読む。

 

廻谷「"夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。フロイト”…?なんのこっちゃ、こんなのいつ挟まったんだろう。

 

・・・杉村、出てくる。

 

杉村「やっほー、リリコちゃん。

廻谷「杉村さん。今日もハイテンションですね。

杉村「ふふん。そりゃそうさ!宝くじが当たったんだもの。

廻谷「えっ、本当ですか!いくら?いくら?

杉村「三千円!

廻谷「…。

杉村「いや、ね。三千円当てるのだって大変なんだよ。すごい確率なんだよ。

廻谷「そうですか。

杉村「今度こそ、今度こそは一等三億円を…!いや、今は六億円のくじもあるんだっけ。いつの日か宝くじを当てて、キャバクラでキャストに囲まれて、ドンペリとか頼んじゃったりして!むふふふふふ。

廻谷「はいはい。じゃあ今度一緒に年末ジャンボでも買いにいきましょうねー。

杉村「なんだいなんだい、今日もテンション低いなぁ。何かあったのかい。あっ!もしかして失恋、失恋しちゃった?

廻谷「いや、失恋なんて──

杉村「あぁ!言わなくてもいいんだよ!僕には分かる、失恋ってのは辛い、辛いよ!だけどね、諦めちゃいけないんだよリリコちゃん!

廻谷「あの──

杉村「女の恋は上書き保存、男の恋はフォルダ別保存だなんて言うけどね、そんなことは無い!失恋と言うのは実に辛いものだよ、あぁ辛い!辛すぎてもう僕はどうにかなってしまいそうだよ!そうだ仕事が終わったら一緒にのみに行こう、失恋したときはグイッと飲んできれいさっぱり忘れてしまうのが一番だよリリコちゃん。今度ぐらいは僕が奢ってあげるからさ──

廻谷「杉村さん!

杉村「なに。あれ、本当に失恋だった?図星?ビンゴ?か弱い乙女のハートを僕は傷つけてしまったかい?

廻谷「違いますから!

杉村「いやいや否定しなくていいんだ、君はか弱い乙女だよ。

廻谷「否定したのはそこじゃないんですけど。失恋なんかじゃないって言いたいんです。

杉村「あれ、違うのかよなんだつまらないのー。じゃあ何でそんなにテンションだだ下がりなのさ。

廻谷「その、考え事をしていたんです。

杉村「考え事…?男、男だー!

廻谷「だから違うって言ってるじゃないですかァ!あン?

杉村「ひぃ。

廻谷「(落ち着き)夢について考えていたんです。

杉村「夢?何か変な夢でも見たのかい?

廻谷「そういうわけではなくて。夢に関する仕事をしているのに、夢とは何か。を理解していなかったらおかしいなぁ、と思って。

杉村「ふぅむ、まともだ。至極まともな意見だよリリコちゃん。で、その辞書で夢について調べていたって言うわけかい。

廻谷「えぇ。

杉村「甘いなぁ、マックスコーヒーよりも甘すぎる考えだよそれは。夢の意味を辞書だけで押し図ろうだなんて。

廻谷「じゃあ、杉村さんが教えてくださいよ。

杉村「…僕の口から語るには少々重すぎるんだなぁ。

廻谷「なーんだ、杉村さんも分からないんじゃないですか。

杉村「分かるさ、理解はしているんだよ。でも君に教えるための語彙力がなくってね。こういう時はあれだ、博士に聞こうよ。うん、それがいい。

廻谷「そうやってまた杉村さんは逃げるんだから。

杉村「逃げてなんかいないぞ。僕は常に最適な道を選んでいるだけだ。さて、博士を読んでくるからリリコちゃんはここで待ってな。

 

・・・杉村、ハケる。

 

廻谷「はぁ…。とんでもない上司ね。

廻谷「ここは、マルトノ研究所。研究所と言っても、所員は私を含めてたったの三人。私と、さっきの変な上司、杉村テルミさん。名前だけはかわいいのにね。

 

・・・博士、出てくる。

 

博士「私を呼んだのはどこの廻谷クンだい。

 

・・・博士、ストップモーション。

 

廻谷「あれが所長のマルトノ博士。夢に関する研究をしていて、ノーベル賞をとるのが夢なんだって。

 

・・・ストップモーション解除。

 

廻谷「はーい、この廻谷です。

博士「用件はなんだね、こう見えても忙しいんだよ。

廻谷「えぇと、私がここで働いて一年が経ちましたよね。

博士「え、もうそんなに経ったのか。

廻谷「それで、夢について何も知らないのはまずいかなぁ、と思うんですよ。

博士「で、夢に付いて私に聞きたいってか。君にはデータの管理ぐらいしか出来ないだろうし、そんなに専門的な仕事もしてもらうつもりもないから、別に教えることもないよ。

廻谷「そこをなんとか。

博士「君もめんどくさい子だね、どうしてこんな子を雇ってしまったのかな。まぁいい。君はどんな夢をみた?

廻谷「どんな、と言われると…。私そんなに夢見がちじゃなくて。小さい頃は、特に何か特別な職業につきたい!とかは無かったんですけどね。

博士「あぁ違う違う。そういう夢じゃなくて、眠ったときに見る方の夢だ。

廻谷「あれ、そっちだったんですか。うーん、昨日は夢を見なかったし…。一昨日は何か見たような気がするけど、思い出せません。

博士「そう、夢って言うのは、起きてから五分ほどで内容の半分を忘れ、十分もたつと七割は忘れてしまう。覚えている夢というのは、ほんの一部の衝撃的な場面に過ぎないんだ。つまり一昨日の君は恐らく平凡な夢でも見ていたのだろう。

廻谷「なるほど。ちなみに衝撃的な場面というと…?

博士「追いかけられる場面、落下する場面、性的な場面、死ぬ場面、空を飛ぶ場面…とかかな。

廻谷「あ、確かに私、夢のなかでよく殺されます!

博士「それは…ご愁傷さまだね。

 

・・・杉村、走って出てくる。

 

杉村「マルトノ博士ぇぇぇ!

博士「なんだね杉村クン、うるさいよ。宝くじでも当たったかい。

杉村「えぇ、三千円が当たりました!ってそれどころじゃありませんよ博士!ついに準備が整いましたよ!

博士「なんだって杉村クン!それは本当かね!

杉村「えぇ!本当ですよ!あぁこんなことをしている場合じゃないですね!お赤飯を、お赤飯を炊きましょう!それとなんですか、お寿司でも取りますか、特上を一丁とそれからホールケーキでも──

博士「落ち着け杉村クン。まだ準備段階だろうに。

廻谷「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんですか二人だけ騒いじゃって。私だけ何が起こっているのか分かってないじゃないですか。

杉村「えっ。何かテンション低いなーって思ったら、分かってなかったのかよリリコちゃん。

廻谷「だって何も聞いてませんよ。

博士「えっ説明してなかったの杉村クン。

杉村「えってっきり博士が説明しているものかと。

博士「それは私の仕事じゃあないよ。研究に忙しいんだから。

杉村「いやいや、僕だって仕事は忙しいんですから──

廻谷「ゴタクはいいからさっさと説明してくれませんかねェ!

杉村「…。

博士「…杉村クン、廻谷クンにちゃんと説明してさしあげようじゃないか。

杉村「そ、そうですね。えぇと、リリコちゃ…廻谷さん、ここマルトノ研究所が夢について研究をしているのは知っていますよね?

廻谷「もちろん。

博士「しかしその研究をするためにも、色々お金がかかるんだよ。

杉村「そこで、今まで研究して得られた成果や技術を用いて、商売をやろうと言うわけです。

廻谷「商売?何か売るんですか?

杉村「それはですね──

廻谷「あ、杉村さんが敬語使っていると気持ち悪いのでもう敬語じゃなくていいです。

杉村「ありがとう。で、我々が売るのは、夢だ。

廻谷「夢を売る?いったいどういうことですか?

博士「売ると言う言葉は適切じゃないかもしれない。夢の共有サービスと言った方が良いかな。人が見た夢を、他人に見せることができるんだ。

杉村「その、夢の共有を可能にしたマシーンを、マルトノ博士が作り上げたと言うわけだ!

廻谷「すごいすごい!

杉村「それの商用化を僕が計画しているんだぜ!

廻谷「へーそうなんですか。

杉村「あれっ僕は褒めてくれないの。

博士「ついては廻谷クン、君に実験台になってもらう。

廻谷「えっ。

博士「ほら、この椅子に座って。

廻谷「えっ。ちょっとなにするんですか。

 

・・・博士と杉村、廻谷を椅子に縛り付ける。

 

博士「杉村クン、例のアレ持ってきて。

杉村「らじゃ。

廻谷「どういうことですかこれは。

博士「大丈夫大丈夫、失敗してもそんな大事故にはならないと思うから、たぶん。

廻谷「普通そこは、失敗何かしないからって言いません?その言い方だと失敗するみたいじゃないですか。たぶんとか言っているし。

 

・・・杉村、ドリキャスを持ってくる。

 

廻谷「なんですか、その家庭用据え置き型ゲームみたいな家庭用据え置き型ゲームは。

杉村「博士が発明した、夢の共有マシーン。型式番号DSM-001、その名も…ドリームキャスターさ!

廻谷「…なんて?

杉村「ドリームキャスター。略してドリキャス!

廻谷「ダメぇ!略す前でも九割アウトなのに略したら完全にアウトですよ!訴えられますよ!

博士「じゃあもうひとつの候補の方が良かったかな…

廻谷「もうひとつの候補って?

杉村「型式番号がDSM-001だから、略してDS。

廻谷「何がなんでもゲームにしたいんだな!もういいですよドリキャスで!で、いつ突っ込もうか迷っていたんですけど、これは!どうみてもドリキャスではなく!(用意出来た家庭用据え置き型ゲームハード)でしょう!

博士「見た目なんぞどうでもよかろう。

杉村「ダメだよリリコちゃん、そんなに興奮しちゃあ。これから寝てもらうのに。

博士「君には今から夢を見てもらう。昨日杉村クンが見たと言う、短くて他愛もない夢だ。

杉村「その内容を、起きたあとに教えてもらいたい。私が見た夢と、君が見た夢が類似していれば成功だ。

廻谷「大丈夫なんですか、そんなゲームみたいな機械使って、死んだりしませんか。

博士「大丈夫…たぶん。

廻谷「また多分って言った!

博士「いやね、万が一の場合が起きたら…ね。

廻谷「起きたら…?

博士「君は永遠に夢から覚めることは無いかもしれない。

廻谷「いやぁー!それって死ぬってことでしょ!遠回しに死ぬっていってるんでしょー!

杉村「博士!本当のことをいっちゃダメですよ!

廻谷「いやぁー離してー!殺されるー!

杉村「こら、暴れるんじゃないよリリコちゃん。

博士「こうなったら奥の手を使うしかあるまい!強制的に夢を見させてくれるわ!きぇぇぇい!

廻谷「いやー!

 

・・・・・暗転。

 

 

 

 

 

【夢・マルトノ研究所】

 

・・・廻谷、机の上に伏している。杉村と博士はいない。

 

廻谷「あいてて。ここは…?確か私、博士に変な装置付けられて、博士に頭を殴られて…?これ、杉村さんの夢の中なの?

 

・・・杉村、出てくる。

 

杉村「おはようリリコちゃん。今日はずいぶんと早いんだな。

廻谷「あれっ。杉村さんの夢なのに杉村さんがいる!自分がもう一人出てくる夢なんて聞いたことないわよ。ってことは、これは現実?

杉村「何を独り言をぶつぶつ呟いているんだよ。気持ち悪いな。

廻谷「えぇと、付かぬことをお聞きしますが…杉村テルミさん、ですよね?弟のテルヨシとかじゃなくて。

杉村「当たり前だろ。なんだい急に気持ち悪い。それに、僕は一人っ子って前に言ったろ。

廻谷「じゃ、じゃあ。ここは夢の世界ですかね、現実ですかね。

杉村「え、気持ち悪い。どうしたの、今日のリリコちゃん変だよ。

廻谷「そ、そうですね、ごめんなさい。…ってことは、あのドリキャスとか言うのが夢の世界での出来事であって、こっちが現実なのよね、うん。そうよね、夢の共有だなんてそんな夢みたいな話があるわけないものね、あーよかった。

杉村「なんだ、変な夢でも見たのか。

廻谷「そうなんですよ、ちょっと聞いてくれます?

 

・・・山葉、大根を持って出てくる。

 

山葉「おはようございまーす。

杉村「おぉ、おはようノゾミちゃん。

廻谷「おはようノゾミちゃ…え!

山葉「あれ、廻谷さん、今日はずいぶんとお早いんですね。いつもはもっとギリギリに来るのに。

廻谷「ちょ、ちょっとまって。ノゾミちゃん、どうしてあなたここにいるの?

山葉「何でって、ここで働いてるからに決まってるじゃないですか。

廻谷「えっ嘘。いつの間に雇われたのよ。

山葉「一年前じゃないですか。忘れちゃったんですか。

杉村「やっぱり今日のリリコちゃん変だぜ、疲れてるんじゃないか。

廻谷「あれ、やっぱりこれって夢なのかなー、ノゾミちゃん大根持っててなんか変だし。

山葉「変って、なんですか。大根持ってちゃいけないんですか。

廻谷「おかしいでしょう!どうみても!

山葉「自分のことを棚に上げて、人のことを奇人呼ばわりだなんて…許せない!

 

・・・山葉、大根を逆手に構える。

 

廻谷「あれ、何してるのノゾミちゃん。大根はナイフじゃないよ。

山葉「うるさい!そんな廻谷さんは嫌いです!

廻谷「あれ、何この急展開。夢、だよね。他愛もない夢じゃなかったの。

 

 

・・・山葉、廻谷に襲いかかる。

・・・廻谷、必死に避け続ける。

 

廻谷「ひぃ!や、やめて!落ち着いてよノゾミちゃん。大根は刺さらないってば。

杉村「二人とも元気だなぁ。

廻谷「元気だなぁじゃなくて!止めろよ!

杉村「あははは。

廻谷「笑ってんじゃねえよ!

 

 

・・・廻谷、転ぶ。

・・・山葉、廻谷に馬乗りになる。

 

廻谷「ひぃ。

山葉「さよなら、廻谷リリコさん。

廻谷「やだー!大根で死ぬのは嫌だー!

 

・・・・・暗転。

 

 

 

 

 

【現実・マルトノ研究所】

 

・・・廻谷、ドリキャスを付けて突っ伏している。

・・・博士と杉村、青ざめた顔で悩んでいる。

 

杉村「頭を殴るなんてどうかしていますよ。

博士「だって、暴れてたんだもの。仕方がないじゃないか。

杉村「どうするんですか。リリコちゃん、起きてこないじゃないですか。死んでるんじゃないですかこれ。二度と目を覚まさないかもしれませんよ。

博士「いや、そんな、死ぬほど力強く殴ってない、よ。

杉村「でも、当たりどころが悪いって言うこともありますし。

博士「どうしよう、杉村くん。私は人を殺めてしまったんだぁぁぁぁ。ノーベル賞が取れなくなるどころか研究も出来なくなるんだぁぁぁぁ。

杉村「落ち着いてください、博士。こうなったら隠滅するしかありません。まずは死体の処理です。

博士「死体の処理。

杉村「そうです、まずはこの部屋からリリコちゃんを運びだしましょう。

博士「そ、そうだな。

杉村「博士は左肩をお願いします、僕は右肩を…。

 

・・・博士と杉村、廻谷を持ち上げる。

 

杉村「いきますよォっと。せーの。

博士「よっ。うわわわ。

 

・・・杉村と博士、早速バランスを崩す。

 

廻谷「いてぇぇぇぇ!

杉村「うわぁぁ!シャベッタァァァァ!

博士「ゾンビィィィィ!

廻谷「誰がゾンビじゃぼけぇ!

杉村「あれ、死んでなかったのかリリコちゃん。

博士「なぁんだ死んでなかったのか。

廻谷「勝手に殺すなぁ!あれ、でも待って、私さっき大根で刺されたような──

博士「待った!私の質問が先だ!言い訳や質問は後回しで、私の質問だけに答えなさい!いいか、君は先程夢で何を見た?言うんだ、早くしないと夢の記憶はどんどん失われていく!

廻谷「えぇっと、博士に変な機械を付けられた挙げ句、頭を殴られて──

博士「それは現実での出来事だ!その後からだ!

廻谷「えぇっと。私はここに座っていて、杉村さんが入ってきて、夢の話をしようとしたらノゾミちゃんが…。そうです、何でノゾミちゃんが──

博士「質問は後回しだと言っただろう!それで、そのノゾミちゃんとやらがどうしたんだ?

廻谷「え、えぇと。何か急に大根で刺されました。そこで目が覚めましたけど。

博士「ふむ、それで、ノゾミちゃんと言うのは?

廻谷「大学時代の、演劇サークルの、後輩です。

博士「ほっほう!…杉村クン!

杉村「…博士!

 

・・・杉村と博士、抱き合って喜ぶ。

 

博士「杉村クゥゥゥン!

杉村「博士ェェェェ!

廻谷「え、二人って…。そんな関係だったの。わくわく。

杉村「違ーう!

博士「実験が成功したから喜んでいるんじゃないか!

廻谷「あ、そうだったんですか。

杉村「僕が見た夢はね、『研究所で博士と他愛もない話をした後に、リリコちゃんにブロッコリーで刺されて死ぬ』っていう夢だった。

廻谷「刺されて死ぬって!全然他愛もない夢じゃないじゃないですか!え、ちょっと待ってください、ブロッコリー?

杉村「うん、ブロッコリー。

廻谷「ブロッコリーが刺さるってどういう状況ですか!

杉村「君だって大根刺さったんだろ、人のこと言えないじゃないか。

廻谷「元はと言えばあんたの夢でしょう!?それに、私と他愛もない話をしたのは杉村さんですし、それに私を刺したのはノゾミちゃんなんですよ。大根とブロッコリーも違うし。

博士「そう、そこが面白いところなんだがね。杉村クンが見た夢を、『上司と他愛もない話をした後に、後輩に野菜で刺される』夢、と考えるとどうだろうか。

廻谷「あぁ、なるほど。だからノゾミちゃんが出てきたんですね。

杉村「つまり、私が見た夢を、そのままそっくりを他の人に見せられると言うわけではないんですね、博士。

博士「あぁ、恐らく。話の流れぐらいならそのまま見せられるが、登場人物がそのまま出てくると言うわけではない、と。

廻谷「へぇぇ、なんだか難しいけどスゴいなぁ。

杉村「さて!実験も成功したわけですし!お客さんを呼ばなくちゃいけませんね。

博士「そうだなぁ、宣伝しなくちゃならないなぁ。

廻谷「あれです、今はネットでの口コミが強いって聞きますよ。

杉村「だけどさ、『夢、売ります。』『夢の共有!』とか急に流れてきたら、どう思う?

廻谷「…怪しい。

博士「そうだよなぁ。杉村クン、ちょっと友達とか呼んできなさいよ。

杉村「えっ。いや、僕ちょっと友達少ないと言うかなんと言うか。博士こそだれかいないんですか。

博士「えっ。いや、私ちょっと研究に勤しんでいたと言うかなんと言うか。廻谷クンこそ誰かいないのかい。

廻谷「えっ。いや、私ちょっと──

杉村「全員友達いないのかよ!どうなってるんだよこの研究所は!

廻谷「いや、その一人。呼んでも良いですか。

 

 

・・・・・場転。

 

 

 

 

・・・山葉、研究所にいる。

 

廻谷「えぇと。こちら、私の大学時代の演劇サークルの後輩の…。

山葉「山葉ノゾミ、です。リリコ先輩には本当にお世話になっていました。

廻谷「彼女、ゆくゆくはプロの劇団員を夢見て、地元の小さい劇団で頑張っているんですよ。で、こちらがマルトノ博士。

博士「マルトノと言います、よろしく。

廻谷「ごめんね、急に。変なお願いしちゃって。

山葉「いえいえ、先輩からの頼みですし。

杉村「あれっ。僕のことは紹介してくれないのかしら。

山葉「あ、あの方は。

廻谷「あの人のことは無視していいから。それで、見たい夢、決めてくれた?

杉村「悪者と戦っていたらお前は私の息子だと告白されて死ぬ夢、それから正義の味方として活躍していたのにいつしか悪者となり、師匠に成敗されて死ぬ夢。あとは、学校に侵入したテロリストと戦い、ボスと相討ちになって好きな人の腕の中で死に行く夢。

山葉「全部最後は死ぬんですよね…。

廻谷「変なのしかなくてごめんね。

博士「衝撃的な内容のない夢はサンプリングしにくくてね。

杉村「最初の二つは博士が見た夢、テロリストのは僕が見た夢なんだぞ。

山葉「あ、そうなんですか。スターウォーズ好きなんですか博士。

博士「そうなのよ。さ、見てみたいの、あるかい?

山葉「え、えぇと。

廻谷「あるわけ無いよね──

山葉「テロリスト!

廻谷&杉村&博士「えっ

山葉「テロリストの夢、見てみたいです!

廻谷&杉村&博士「…えぇーっ!?

山葉「実は、中学の頃からずっと妄想していたんです!こう、授業の途中にテロリストが入ってきて、みんなを守りながら戦うって!あぁ、凄い楽しみ!

廻谷「ノゾミちゃんってそんな男勝りな子だったっけ?

博士「じゃ、じゃあ山葉さんにはテロリストの夢を見ていただくということで、それと同時に山葉さんの夢のスキャニングをさせていただきます。これについては事前に廻谷クンから説明があったと思うけど。

山葉「あ、はい。

廻谷「ちなみにどんな夢?

山葉「えぇと、地球に落ちてくる隕石に、バット一本で立ち向かう夢です。

廻谷「男勝り!あれ、ノゾミちゃんってそんな子だったっけ・

山葉「私、昔から冒険とかアクション映画とか好きで…

杉村「いやぁ感激だな!僕の夢を選んでくれるなんて!

廻谷「心配だなぁ。

博士「さてさて、ではそろそろ始めましょうかね。

廻谷「はい。じゃあこれ付けてね。

山葉「これって…。ゲーム機ですか?

廻谷「形は気にしないで。

杉村「今回の夢では、寝る直前に出会った人などが登場してくるはずです。多分僕達も出てきてしまいますが、まぁお気になさらずに。

博士「では、夢の世界へ出発!

廻谷「お気をつけて!

博士「(五円玉を取り出し)あなたは段々眠くなーる。

山葉「うつらうつら。

 

 

・・・・・場転。

 

 

 

 

【夢・ナニガシ大学316教室】

 

・・・山葉、机に突っ伏して寝ている。

・・・河合、山葉の隣で授業を受けている。

・・・博士、授業をしている。

 

博士「つまり!先ほどのマヤ文明についての文献にもあった通り、2012年に人類は滅亡するわけです。世紀末の1999年、アンゴルモアの大予言よりも大きな、何かとてつもなく強大な力が裏で動いているわけです!(後、ジェスチャー)

河合「…ノゾミちゃん、ノゾミちゃん。

山葉「ふ、ふえ。

河合「ダメだよ、いくら変な教授の気持ちわるい授業だからって。そんなにガッツリ寝てちゃあ単位もらえなくなっちゃうよ?

山葉「ふぁぁ、そうですねごめんなさ──え、ト、トシヲくん!?

河合「どうしたんだよ、大声出しちゃダメだろ。

山葉「あ、ごめん。ありがとうね。そ、そんな。私、トシヲくんと同じ授業なんかとってたかしら…?あ、そういえばこれは夢、なのよね。

河合「どうしたんだい、ひとりごとなんか言っちゃって。

山葉「あ、なんでもないの。寝ぼけてたみたい。

博士「なんだ、そこ。河合クンに、山葉クンか?人類が滅亡すると言うのにおしゃべりなんかしてる場合じゃないぞ。

山葉「どうせ滅亡するんだったら好きな人とお喋りくらいさせてくれればいいのに。

河合「えっ。

山葉「あ、いや。なんでもな──

 

・・・爆発音。

 

山葉「きゃっ。

河合「な、なんだ!

博士「まさか。人類滅亡のカウントダウンが始まったというのか!

 

 

・・・公演会場のドアが乱雑に開閉される。

・・・杉村、客席にヤリを持って入ってくる。

 

杉村「聞かせてもらったぞ!人類は滅亡する!

博士&河合&山葉「な、なんだってー!

杉村「おとなしくしろ、我々は正義のテロリスト集団、『アルイカダ』だ!

博士&河合&山葉「えぇーっ!

杉村「人類を滅亡から救うべく、この学校は我々が占拠することにした。死にたくなければ大人しくしろ!

山葉「えっ。ちょっと待って。想像していたのと何かが違う。

杉村「なんだ小娘。痛い目を見てぇのか?女は女らしく大人しく座って泣いてな。

山葉「待って、何でヤリなのよー!何で?そんな武器じゃあ全然興奮しないじゃないのー!テロリストって言ったら、ウージとか、AK-47とか、RPGとかでしょー!

河合「ノゾミちゃん、武器とか詳しいんだね。

山葉「あ、いや、あははは。

杉村「ふ、ふん。ヤリではなくランスと呼んでもらいたいね!

山葉「呼び方変えたって所詮中身はおんなじでしょー!

杉村「いざ尋常に勝負!

河合「あぁっ!ノゾミちゃん!

博士「いくらヤリとは言え、素手の女の子がテロリストに敵うはずが…

 

・・・杉村、山葉に突っ込むがヤリを奪われる。

 

博士&河合&杉村「えぇぇぇ!

山葉「こんなかよわーい女子に負けるだなんて、テロリスト失格ね!

杉村「ふん、これで勝ったつもりか小娘!

山葉「なんですって。

杉村「私は仮にもテロリスト『アルイカダ』だ!用意している武器が一つだけなわけがなかろう。

博士「やはりヤリはデコイだったか!

河合「来るぞ!ロケットランチャーとか出てくるぞ!

杉村「いでよ!勇者の剣ィィ!

 

・・・杉村、リュックサックから剣を取り出す。

・・・同時にドラえもんのあの音。

 

山葉「待ったー!何なのよ今の効果音!えっ、勇者の剣って何!テロリストが勇者の剣って!おかしいでしょう!それに勇者の剣をリュックサックからむき出しのまんま出したりしないでよ!夢なのに夢が無いじゃない!それによくよく見ると安っぽい。

杉村「安っぽい?安っぽいと言ったな小娘?ふん、冥土の土産に教えてやろう。これはな、とある秘境から取り寄せた、勇者タケルが使っていた剣なのだぞ!

河合「なんだってー!

博士「あの勇者タケルだとぉ!

山葉「もういやだ、こんなのテロリストじゃないよ。私が思っていたのと違う、早く覚めてー。

杉村「いざ尋常に勝負!

河合「ノゾミちゃーん!

 

・・・山葉、やる気のない動きで杉村をやっつける。

 

杉村「ぐ、ぐはぁ。

河合「あれ、弱い。

博士「これ、山葉クンが強いんじゃなくて、コイツが弱いんじゃないのかな。

河合「やっちまいますか、先生。

博士「やっちまうか。

 

・・・河合と博士、杉村をリンチ。

 

杉村「ちょ、ちょっとやめろってお前ら…。いや本当に勘弁して…下さい…。ボ、ボス!ボース!助けてボース!

河合「あらやだ聞きました先生、困ったらすぐボスを呼ぶだなんて。

博士「典型的なザコキャラねコイツ。みじめねぇ。

河合「ザコがボス呼んでも来てくれるわけ無いのに。男なのに情けないわぁ。

山葉「二人とも、キャラがぶれてますよ。

廻谷「(幕内より)私を呼んだのはどこのどなたかしら?

山葉「その声は…!

 

・・・廻谷、壁をぶち破って出てくる。

 

博士&河合&山葉「えぇぇぇぇぇ。

杉村「ボ、ボス!ダイナミックに助けに来てくれたんですね!

山葉「ちょ、ちょっとなにをやっているんですか!まだ公演初日ですよ!

廻谷「だってハケ口少ないじゃない。それにボスらしく登場したかったし。

山葉「えぇー。

河合「あ、あんたがテロリスト集団『アルイカダ』のボスか!

廻谷「よくもうちのかわいい部下をリンチしてくれたわね。ちょっとどきなさい。

博士「いやはや河合クン、女ボスとはね。

河合「いいですね、何かこう、そそられるものがありますね。

山葉「ちょっとォ!何すんなりどいているんですか!

廻谷「(杉村に)あんたは先に逃げてなさい、邪魔だから。

杉村「かしこまりました、ボスゥゥ…!

 

・・・杉村、ハケる。

 

廻谷「それで、あの男を倒すだなんて、あなた何者かしら?

山葉「山葉ノゾミ、しがない女子大生よ!

廻谷「本当かしらね?まぁ本当だとしても容赦はしないわ。(口調が変わる)この魔法のステッキであんたなんてメッタメタよ!

山葉「あー、何かせっかくテロリストっぽくなってきたのにぶち壊しだー。

博士「あ、あのステッキはァ!

河合「先生、あのステッキを知っているんですか。

博士「歴史の文献にも何度か出てきている。妄想力の豊かな少女にしか与えられない魔法のステッキだ!

山葉「えっ。あの人どう見ても少女には見えませんけど。

河合「うんうん。女子って言うのも抵抗あるのに、少女はさすがにないですよ。

博士「そうだなぁ、少女ではないなぁ。

廻谷「(口調戻る)うるせぇ!黙って聞いてりゃよぉ!

博士&河合「ふぇぇ。

廻谷「ごほんごほん。(口調が変わる)私は誰に何と言われようと少女よ!あんたなんかメッタメタのギッタギタにしてやるんだから!

山葉「痛い…痛いよ…!

河合「あぁぁッ!ノゾミちゃんが精神的ダメージを受けている!

博士「強い、強すぎるぞこのボス!

河合「あきらめるなノゾミちゃん。あきらめたらそこで試合終了だ!

山葉「トシヲくん、そこでネタを入れてこないで。もう、あんなのにどうやって立ち向かえばいいっていうのよ。私には無理よ。

博士「忘れたのか、君が持っている剣は、勇者タケルの剣。

河合「資格のある者が持てば、魔法をも切り裂く伝説の剣だ。

廻谷「な、なんですって!あの伝説の…!

山葉「あぁ、なるほど。痛い人には痛くなって立ち向かえと。ちなみにこっちのヤリは?

博士「それはタダのヤリだ。

山葉「じゃあいらないじゃん。

 

・・・山葉、ヤリを捨てる。

 

河合「あぁっ、乱暴な。

山葉「もうなんか吹っ切れた。どうせ夢なんだし、流れに乗って楽しまないとね。いざ尋常に勝負よ!

廻谷「なるほどね、あの伝説の剣とは手強いわね。でも、私負けないんだから!

山葉「そう威張っていられるのも今のうちよ!天よ、聖なる光よ!我に力を貸したまえ!(剣に光が集まり始める)

博士「あぁーッ!痛い!痛すぎる!

河合「なんだこの戦いは…!ゾクゾクする!ゾクゾクするぞォォ!

廻谷「まずい!あの光は本物の光…!本当に資格を持つものだったとは!

山葉「くらえーっ!(各自で考えた必殺技を叫びましょう)

廻谷「負けるものか!(各自で考えた必殺技を叫びましょう)

 

・・・二人の影が聖なる光で包まれる…!

 

博士「ど、どっちだ!

河合「どっちが勝ったんだ!

廻谷「こ、この私が…!

山葉「やられるとは…!

 

・・・二人、同時に倒れる。

 

博士「相打ちだと!

河合「まさか…そんな!ノゾミちゃん、ノゾミちゃん?

博士「大丈夫か山葉クンー!

 

・・・博士、河合を押しのけ山葉を抱き寄せる。

 

山葉「違ァう!あんたじゃなァい!

博士「良かったー、死ぬかと思ったけど意外と元気だよ。

山葉「元気なんかじゃ…な…がま…。

河合「ノゾミちゃん、ノゾミちゃーん!

 

・・・・・暗転。

 

 

 

【現実・喫茶店ドコカノ】

 

・・・杉村がカフェラテを飲んでいる。

 

杉村「リリコちゃんったら、急に僕を喫茶店に呼び出して、何なんだろうか。あっ、もしかして。そわそわ。

 

・・・山葉と河合が入ってくる。

 

山葉「確かココで待ち合わせをしたはずなんだけど──ゲゲッ。

河合「え?あの人?何か一人で気持ち悪い動きをしているけど。

山葉「うん、あの人。なんだけど、先輩も一緒にいるはずなんだけど。いないな。

河合「とりあえず話しかけてみたら?

山葉「えっ、やだよ。トシヲくん行ってよ。

河合「何で僕が行かなくちゃならないんだよ。会ったこともないのにおかしいだろう。

山葉「あぁ、そうね、そうよね…。あのー、すみません。

杉村「遅かったじゃないかリリコちゃ──リリコちゃんじゃない!あれ、でもかわいい。待てよ、喫茶店でかわいい女子が、この僕に話しかけてくるってそれってもしかして──でも隣に男がいる。え?どういう状況なの、どういう状況なのォ!

山葉「私が聞きたいですけどね。

河合「帰ろうか、ノゾミちゃん。

山葉「うん、そうね。

杉村「あーちょっと待ってー!

 

・・・廻谷が入ってくる。

 

廻谷「ごめーん、電車が遅延してて遅れちゃっ──

 

・・・廻谷、河合と目が合う。

 

河合「…!

廻谷「…!

山葉「エンダァァァァァァァァァーイャェェェェェィ。

杉村「え?どういう状況なの、どういう状況なのォ!?

 

・・・廻谷、走ってハケる。

・・・エンダァSTOP。

 

杉村「あれ、行っちゃった。

山葉「リリコ先輩…?

河合「ノゾミちゃん、どうして廻谷先輩が来るって言わなかったんだ。

山葉「え、言ったよ。

河合「言ってない。君は先輩としか言ってなかった。

山葉「そうかもしれないけど。それがなんだって言うの。リリコ先輩と喧嘩してるだなんて聞いてないよ。何かあったの。

河合「喧嘩なんかしてない。ただ──。

杉村「ごめんよ、この状況を全く理解できてない人物がここにいるんだ。詳しく教えてくれないかしら。

河合「あなたは──?

山葉「リリコ先輩の職場の人。えぇと──?

杉村「上司の杉村テルミです、よろしく。

河合「僕は河合トシヲ、こっちは山葉ノゾミです。二人共、廻谷先輩の演劇サークルの後輩で、今はこの街の小さな劇団で僕は脚本を、ノゾミちゃんは役者をやってます。

杉村「なるほどなるほど。で、何でリリコちゃんは逃げちゃったんだい。

河合「…それは──

杉村「あ、分かったぞ。二人は昔付き合っていたとか。

山葉「え、そうだったの。

河合「違います。僕は付き合っていません。

杉村「僕"は"?

河合「…僕の兄と、付き合っていたことがあるんです。

山葉「えっ、カシヲ先輩と。

杉村「へぇ!でも、どうして元彼の弟の顔を見ただけで逃げ出さなきゃならないんだい。あっ、もしかして、凄い険悪な別れ方をしたとか。

河合「違います。

杉村「あぁ、みなまで言わなくても大丈夫。そうだよなぁ、別れの場と言うのは悲しいものだよ。

河合「だから違うんですってば。

杉村「そりゃあ確かに顔も似ているであろう元彼の弟と会ったら、嫌なことも思い出すよなぁ、うんうん。

河合「この人は人の話を聞く気があるのかな。

山葉「ほら、例のあの人だから。

河合「あぁ、そうだった、例のあの人か。納得した気がする。

杉村「そうかぁ、あのリリコちゃんにもそんなことがねぇ──

河合「あの!だから違うんですよ。

杉村「えっ違うの。じゃあなんなのさ。

河合「…兄はもうこの世にいないんです。三年前に、交通事故で。

杉村「え。

河合「『別れてから大分経つし、大丈夫だから気にしないで』とは言われたんですが、やっぱり辛いだろうと思って、会うのは避けてきたんです。

山葉「トシヲくん、ごめん…。

河合「いいや、二人が付き合ってたのはノゾミちゃんが入学する前の話だしね。

杉村「その…うん、なんか…ごめんなさいねぇ。あわあわ。

河合「気にしないで下さい。

杉村「いやァその、こういう空気って苦手なのに自分から作っちゃったというか──あぁそうだ、何かリリコちゃんと僕に話すことがあったんじゃないのかい。

山葉「あ、えーと、その。四日前の。

杉村「四日前?

山葉「テロリストの夢のことです。

杉村「あっそうか、あれは四日前か。どうでした、面白かったでしょ?

山葉「あ、はい。でも──

杉村「なんだ、わざわざ感想言いにこんな喫茶店に呼んでくれたわけ?いやぁ何か照れちゃうな。

山葉「違うんです!

杉村「え?

山葉「どっちかって言うと、クレームを。

杉村「クレーム?なんで。

山葉「テロリストの夢って期待していたのに、出てきたのはヤリ持った人だったり、伝説の剣が出てきたり、ボスは魔女?だし。なんか、こうリアリティが無かったんですよね。

杉村「いやぁ、まぁその。僕が見た夢が悪いっていうか、まだ開発段階の夢なわけであって。あれ?夢にリアリティってのもなんか矛盾しているような?

山葉「武器とかの件は百歩譲っても、あのヲチはいくらなんでも酷いでしょう!どうしておっさんに抱きつかれなきゃいけないわけ!

杉村「え、マルトノ博士の事好きだったの。趣味悪。

山葉「違います!

杉村「じゃあ誰に抱きつかれたかったの。

山葉「もちろん──ってそんなことどうでもいいでしょう!?

河合「ノゾミちゃん、落ち着きなよ。

山葉「誰のせいよ!はっ。

杉村「あーはいはい、うん。わかったわかった。にやにや。

山葉「──ともかく。その、期待に応えられるサービスではなかったわけです。

杉村「はぁ。じゃあ返金しろ、と。

山葉「いや、そういう訳じゃないんです。一応面白かったし。

杉村「え、じゃあどうすればいいんです?

山葉「実は、今度、河合くんと行きたいんですよ。その時にちょっと割り引いてくれないかなぁー…なんて。

杉村「あ、そうですか。はいはい。

山葉「…ダメですか?

杉村「かまいませんよ、それくらいなら。返金って言われたらどうしようかと思っちゃった。

山葉「やった!

河合「よかったね、ノゾミちゃん。

山葉「じゃあ、そうですね。来週の土曜日に、行ってもいいですか。

杉村「土曜日、ね。了解しました。まだまだ客も少ないので、他にも誘いたい人いたらじゃんじゃん誘っちゃってくださいよ。

山葉「はい。

杉村「で、話はそれだけ。

山葉「えぇ、まぁそうですね。

杉村「リリコちゃん本人に何か特別話があるわけじゃないのか。

山葉「そう、ですね。

河合「じゃあ、今日はこれでおいとまします。このまま居座って、廻谷さんにまた会うのもバツが悪いですし。忙しい所わざわざ有り難うございました。

杉村「いやいやこちらこそ。終始タメ語で失礼しました。

山葉「あ、わかっててやってたんですか。へぇー。

河合「ノゾミちゃん、行くよ。

山葉「あ、待ってよトシヲくんー。

 

・・・河合と山葉、ハケる。

 

杉村「…そんなにふざけた夢ではなかったはずなんだけどなぁ。やれやれ。 リア充は爆発して欲しいもんだ。

 

・・・杉村、カフェラテを飲みながらケータイでひつまぶし。

・・・廻谷、しばらくして入ってくる。

 

廻谷「あー…。

杉村「あっ。おかえり、リリコちゃん。まさか戻ってくるとは思わなかったな。

廻谷「…ごめんなさい。二人共、帰っちゃいましたよね。

杉村「大丈夫、要件はちゃんと伺ったから。それで…大丈夫かい?その、まぁ。色々聞いてはしまったのだけれど。

廻谷「あ、大丈夫です。その、まさかカシヲくんがいるだなんて思わなくて、ビックリしちゃって。で、すぐ戻ろうとしたんですけど…急にお腹痛くなっちゃって。で、戻るタイミング失ってたら…。

杉村「そうかそうか。

廻谷「あっ、別に引きずってるとかじゃないんです、これは本当に。

杉村「まぁまぁ落ち着きなって。ほら、カフェラテ。ぬるくなっちゃったけど。

廻谷「…ありがとうございます。

 

・・・廻谷、カフェラテを飲む。

 

廻谷「何だか、情けないですね。元カレの弟の顔見ただけで、逃げちゃうだなんて。

杉村「いや、そんなことは、ないと思う、けどね。

廻谷「あの人のことなんて、忘れてたと思ったのに。

杉村「あぁー、うん。そうか。

廻谷「…あれ、杉村さんならこういう話、ぐいぐい来ると思ったんですけどね。

杉村「あー、だって。その、ほら。ねぇ?

廻谷「あぁ、死んじゃったから聞きづらいってことですか?

杉村「コクコク。

廻谷「そうですよねぇー。…何で死んじゃったんだろ、あの人。馬鹿だな。

杉村「交通事故、だっけ。

廻谷「えぇ、三輪車にはねられて。

杉村「そうか、三輪車にはねられぇぇえー?

廻谷「打ちどころが悪かったそうです。本当にあの人らしい死に方。

杉村「絶句。

廻谷「とても素敵な脚本を書く人だったんですよ。弟のトシヲくんが演出をやってて。あの人が死んでから、トシヲくんも頑張って脚本書いてるみたいですけど。

杉村「あー、そうなの。ふむ。

廻谷「私から告白して、付き合って。ちょっとした事で喧嘩して、一年で別れちゃいました。それからもサークルでは仲良くしてたんですけど、まさか死んじゃうだなんて。

杉村「うん、そうか。あー。

廻谷「あ、ごめんなさい。いや、本当に気にしなくても大丈夫ですよ。私ももう立ち直ってますし。

杉村「…。

廻谷「杉村さん?

杉村「──苦手なんだよォ!こういう雰囲気!三輪車にハネられて死ぬとか!笑ったらいいのか!泣けばいいのか!どっちなの!

廻谷「あぁ、笑ってやってくださいよ。常に笑いを求めて生きていた人でしたから。

杉村「あははははは!三輪車に!あははははは!ハネられて!あはははは──やっぱダメだよ、死者を笑うのは良くないよ。しかもリリコちゃんの大切な人だったんだろ。僕にはそんなこと出来ないよ。

廻谷「…感情の忙しい人ですね。

杉村「あーもう。忘れる!この話は忘れる、聞かなかったことにする!と言うわけでリリコちゃん、飲みに行くぞ、飲んで忘れてくれるわ!

廻谷「えっ。奢りなら行きますよ。

杉村「奢ってやるから!行くぞ!

廻谷「えっほんと。やったやった。

 

・・・廻谷と杉村、ハケ。

 

 

 

【現実・マルトノ研究所】

 

・・・廻谷、嬉々としてiPhoneをいじくっている。

 

廻谷「~♪

 

・・・杉村、入ってくる。

 

杉村「おはよう、リリコちゃ──ここの壁にこんな穴開いてたっけ?

廻谷「あぁ、リフォームしたんですよ。

杉村「リフォーム…?どんな手抜き工事だよ。

廻谷「そんなことより、見てくださいよコレ!

杉村「あら、 iPhoneじゃないか。買ったんだ。

廻谷「この間の宝くじで、三万円当たったんですよー、つい買っちゃいました。杉村さんは宝くじどうでした?

杉村「え?あ、あぁ。そっか、宝くじか。買うの忘れてたや。

廻谷「えっ、毎回欠かさず買ってたじゃないですか。買うの忘れただなんて──もしや、大金が当選したから誤魔化してるとか?

杉村「いや、本当に忘れたんだよ。おかしいな。ぼーっとしてたんだな。

廻谷「大丈夫ですか、やっぱり最近忙しいし、疲れてるんですよ。

杉村「そうだな、ドリキャスも口コミが広まって、軌道に乗ってきたしな。今日の予約は?

廻谷「午前中に山葉ちゃんと、河合くんです。午後は休みですね。

杉村「あの二人ねぇ。もう三ヶ月近く隔週で来てるんじゃないかな。

廻谷「すっかりお得意さんですね。

杉村「まぁ、あの二人が口コミ広げてくれたようなもんだからいいのだけど、いくらなんでも来過ぎじゃない?

廻谷「まぁお金は落としてくれてるわけだし、文句を言うことも無いんじゃないんですか?

山葉「(幕内)こんちゃーす。

杉村「ウワサをすれば、だな。

 

・・・山葉、入ってくる。

 

山葉「お久しぶりでーす。

廻谷「久しぶりってほどでもないけどね。おはよう、ノゾミちゃん。

山葉「あれ?トシヲくんまだ来てませんか?

杉村「来てないよ。今日は山葉さんが最初のお客さん。

山葉「おっかしいなぁ。ここで待ち合わせしたんですけど。

廻谷「どうする?トシヲくん待ってみる?

山葉「ううん、電話もメールもないし、もしかしたら寝ちゃってるのかもしれないですね。いいです、一人で先に入ります。

杉村「まぁ待っても、寝ちゃえば関係なくなっちゃうからねぇ。

山葉「そうなんですよ。夢見れるのは楽しいんですけど、二人でここに来ても、見るのは別の夢って言う。同じ夢を同時にも見て見たいんですけどねぇ。

博士「(幕内)見られるようになった!

廻谷「え。

 

・・・博士、出てくる。

 

博士「私も考えていたんです。二人で同時に──ここの壁にこんな穴開いていたっけ?

廻谷「やだなぁ博士、この間リフォームしたじゃないですか。

博士「そうだっけ…?業者はもうちょっと選べなかったのか──まぁいいや。そう私も考えていたんですよ!二人で同時に同じ夢を見ることは出来ないものか、と。

山葉「見られるんですか。

博士「えぇ。

山葉「わーい!

杉村「博士、僕に内緒で何時の間にそんな。

博士「ただし、まだ実験段階でして、見れるようになるまでにはもう少し。

山葉「なぁんだ。あっ、もし良かったら実験受けたりしますよ!

博士「いやいや、お気持ちはありがたいのですが、下手したら永遠に夢の世界をさまようことになるかもしれない危険な実験ですので、実験台にはうちの職員のリリコくんを。

廻谷「えっ?

山葉「なるほど、頑張って下さいね、リリコ先輩。

廻谷「ちょ、ちょっと待って。どう言うことですか。

博士「リリコくん、落ち着きたまえ。これからお客さんに眠っていただくのだから、大声出しちゃあいかんよ。

杉村「そうだぞおリリコちゃん。

廻谷「むぐ…ぐぬぬ。

博士「じゃあ、こっちへお願いしますね。

山葉「はーい。

 

・・・博士と杉村、ハケる。

 

廻谷「なにが、そうだぞおリリコちゃん。ですか!実験台が自分じゃないからって!

杉村「まぁまぁ。

廻谷「まぁまぁって!他人事みたいに!杉村さんは、こんにゃろめ!

杉村「どうどう、落ち着きなって。また甘いもんでも奢ってあげるから。

廻谷「またそうやって杉村さんは食べ物で釣ろうとするんだから──

河合「(幕内)ごめんください。

 

・・・河合、入ってくる。

 

河合「…お取り込み中でしたか。

廻谷「いやいや、大丈夫よ。

河合「ノゾミちゃん、先に来てますか。山葉ノゾミ。

杉村「来てるよー。なに、待ち合わせしてたのに寝坊しちゃったのかい。

河合「いや、寝坊したわけじゃないんです。その、廻谷さんと話がしたくて。

廻谷「私と?

河合「ノゾミちゃんのことで、ちょっと相談があるんです。夢を見終わった後に、彼女を交えてお話出来ませんか。

廻谷「え、えぇ。大丈夫だけど。

河合「よかった。じゃあまた後で。夢、見させてもらえますか。

廻谷「えっ、それだけ。

河合「詳しい話はノゾミちゃんいないとどうしようもないので。それに、毎回どんな夢だったか話し合うことにしてるので、夢はみなきゃいけませんし。

杉村「それじゃあ、そちらへ。博士ー、お客様です。

廻谷「待って、せめて何の話なのかだけでも教えてくれないと困るわ。

杉村「──彼女、演劇やめるっていうんです。

 

・・・河合、ハゲる。

 

廻谷「──演劇をやめる?ノゾミちゃんが?どうして?

杉村「もしかして…結婚するとか!それもあの男と!

廻谷「えっ。いや、確かに二人凄い仲いいですけど、付き合ってるとかそういう類の話は聞いてないですよ。

杉村「リリコちゃんが知らないうちに、二人は愛を育んでいたのかもしれないよ。

廻谷「うーん、あり得る…。いや、でも、二人共まだ24と25ですよ。結婚なんてそんなまだ早いような…。

杉村「いや、普通でしょ。

廻谷「えっ!普通?

杉村「うん、普通。…普通なんだよォ、世の中の一般女性は25にもなると結婚を考えるのが普通なんだよォ──

廻谷「うるさーい!またそうやって人のことからかって!ともかく、万が一結婚だとしても、そんなことで彼女は演劇をやめるような人じゃないんですよ。

杉村「できちゃった婚、とか。

廻谷「…いやいやいやいや、ないでしょう、うん。トシヲくんに限ってそんなことないです。

杉村「そういえば彼女の鞄の中に入っていた飲み物。何だったか分かるかい。

廻谷「え?

杉村「──ポッカレモンだ。

廻谷「は?

杉村「妊娠すると酸っぱいものを欲するようになるんだよ。知らないの?あ、知ってるわけないかァ、そうだよなァ。妊娠した経験ないもん──

 

・・・廻谷、杉村をビンタ。

 

杉村「痛ェ。

廻谷「──最低。

 

・・・廻谷、ハケる。

 

廻谷「(幕内より)杉村さんのセクハラ!最低!ゴミカス!もう知らない!死ね!

杉村「えっえっ。僕なにか言ったかしら。あの、僕が何かリリコちゃんに対して失礼なことを言ったと思う人は挙手をお願いします。(客いじり)──ひぃ、ふぅ、みぃ。ですよね!僕そんな失礼なこと言ってませんよね!…云々。

 

 

 

 

【現実・喫茶店ドコカノ】

 

・・・廻谷と杉村と河合と山葉がいる。

 

廻谷「で?何で杉村さんがここにいるんですか?

杉村「いやぁ、かわいい部下の後輩の悩みとあらば聞いてあげねばならぬと言う思いが湧いてきてだな。

廻谷「ふざけないで下さい、帰って下さい!人に聞かれたくない話だったらどうするんですか!

河合「あ、大丈夫ですから。いてくださっても結構ですよ。

杉村「じゃ、遠慮なく。

廻谷「…。で、どうして?演劇辞めたいだなんて。

山葉「…何で先輩に相談なんかしたの?トシヲくん。

河合「だって。

廻谷「話したくないなら無理して話さなくても大丈夫だよ。

山葉「…理由なんかありません。理由がないと夢はあきらめられないんですか。

廻谷「そんなことはないけど、あんなに頑張ってきたのに、急にそんなことを言い出すから。

山葉「急になんかじゃないです。前から薄々感じてきていたんです。あたしには無理だって。

河合「だからって、何も演劇自体やめちゃうことはないだろう。

廻谷「そうよ、この街で頑張って行く事だって十分立派なことだと思うけど。

山葉「確かに立派だと思います。ここで続けていくのも大変なことだと思うし、素晴らしいことだと思います。でも、私はこの街だけに留まっていたくなかった、もっともっと上を目指したかったんです。子供の頃からずっと、そう夢見てきていたんです。だからこそ、諦める時は潔く諦めたい、夢の一歩手前でずっと足踏みし続けるのは苦痛なんです。

廻谷「でも、諦めるにはまだ早すぎるよ、ノゾミちゃんには才能があるもの、だからもっと努力しなくちゃ。

山葉「──リリコ先輩に言われたくないです。

河合「おい。

山葉「リリコ先輩はいいですよね。普通に研究所で働いて。先輩だって、あんなに舞台の上では輝いていたのに。廻谷さんだって上を目指せたのに。だけど廻谷さんはそうしなかった。夢を見ることはせずに、現実だけを見ていたじゃないですか。

河合「ノゾミちゃん、それ以上言うな。

廻谷「大丈夫だよ、トシヲくん。確かに私は今こうやって現実を見て働いてる。だからこそね、夢を諦めてほしくないの、私が叶えられなかった夢をノゾミちゃんには──

山葉「そうやって皆、私に夢を押し付けていくんです。もう嫌なんです。夢を捨てた人に、夢を語ってほしくないんです。

河合「ノゾミ!

山葉「トシヲくんもトシヲくんだよ。君だって私と同じ事を考えている、心のどこかで夢を諦めかけてる。

河合「…そんなの、分かるわけ無いだろう。

山葉「いいえ、私には分かる。ずっと君のことを見てきたから分かる。君が何を考えているのかも。

杉村「ニュータイプ?

廻谷「杉村さんは黙ってて下さい。

山葉「本当は自分だって、これ以上脚本を書くのが辛いと感じているくせに、

河合「そんなことはない。

山葉「どうして脚本なんか書いてるの、もともと演出しかやっていなかったのに。どうして無理して脚本なんか書くの。

廻谷「ノゾミちゃん。

山葉「──ごめんなさい。

河合「…大丈夫だよ。すいません、呼び出しておいてなんですが、バイトがあるので先に失礼します。

廻谷「あ、うん。気をつけてね。

 

・・・河合、ハケる。

 

山葉「──どうしよう先輩、トシヲくんを怒らせちゃった…。

廻谷「大丈夫だよきっと。

杉村「ほら、カフェラテでも飲んで落ち着きな。

廻谷「それ私のですけど。まぁ飲んで飲んで。

山葉「ごくごく…。ごめんなさい、リリコ先輩にも酷いこと言ったりして。

廻谷「いいのいいの。言いたいことある時はどんどん言わないと。そんなことより、トシヲくん、本当に脚本を書くの辛いって?

山葉「そう言っていたわけじゃないですけど。最近凄い悩んでいるみたいだし、筆が進まないって時々呟いてるんです。それに、最近いつも目が死んでいるっていうか。

廻谷「ただのスランプじゃなくて?

山葉「今までもスランプは何回かありましたけど、いつもとは違うんです。そんな気が…するんです。

廻谷「ノゾミちゃんが言うならきっとそうね。で、ノゾミちゃんは、どうする?

山葉「…もう一度考えてはみます。変わらないかもしれませんけど。

廻谷「そう。

山葉「あの、ごめんなさい、私も失礼します。河合くん気になりますし。

廻谷「分かった。

杉村「気をつけてね。

山葉「それじゃあ。本当にすいませんでした。ありがとうございました。

 

・・・山葉、ハケる。

 

杉村「──あの二人本当に、付き合ってないの?

廻谷「違うと思いますよ、ノゾミちゃんからの一方通行です、きっと。

杉村「そうかなぁ、なんかただの痴話喧嘩にしか聞こえなかったんだよな。

廻谷「──で、結局何をしにきたんですか。殆ど空気だったじゃないですか。しかも変なとこで口を挟んだでしょ。

杉村「…僕はギャグ専門だよ、シリアスな場面は嫌いだよ。

廻谷「だから、帰ってって言ったのに。

杉村「いや、だって流れ的にね?急にシリアスになるとは思わないじゃない?あんな真面目な話するとは思わなかったのよ。

廻谷「杉村さんも。やっぱり杉村さんは杉村さんなんですね。あの人とおんなじ。

杉村「え。

廻谷「一緒にいるのは楽しいし、幸せに感じるんです。笑いばかり、明るさばっかり求めて。こっちが真剣なときも、笑いが要らない時も無理に笑わそうと、明るくしてくるんです。

杉村「その…ごめん。

廻谷「──別に謝ることはないですよ。さっきの相談も、わからない事だらけだったでしょうし。

杉村「本当だよ。演劇の世界ってのはわけがわからないね。

廻谷「私は杉村さんのほうが何考えているのか分かりませんけどね。

杉村「大体なんだよ、ノゾミちゃんが辞めたがっているから相談に乗ってやってくれって言ってきたトシヲくんまで辞めたがってるの?もうなにがなんだか。

廻谷「あれは、ノゾミちゃんが言い過ぎただけだと思います。カシヲくんが亡くなってからなんです、トシヲくんが脚本に手を出し始めたの。

杉村「何のために?

廻谷「何のためにって…自分が演出やりたいから、じゃないですか?

杉村「別に他の人に書いてもらえばいいじゃない。

廻谷「作風が合う合わないあるんですよ、きっと。二人の作風似てますしね。

杉村「はぁ。じゃあトシヲくんの方は置いておこう。なんでノゾミちゃんは諦めちゃったんだろうね。

廻谷「そんな簡単に諦める子じゃないんですよ。なにかきっかけが、原因があるはずなんですけど。

杉村「うーん、不景気でやってられないとか。

廻谷「ノゾミちゃん、居酒屋バイトでけっこう稼いでますけど。

杉村「むぬぬ。あっ!やっぱりあれだ!できちゃった婚だ!

廻谷「は?

杉村「知らないの?妊娠するとイライラしてくる──

廻谷「その説はもういいですからァ!なんなんですかさっきから妊娠ネタ!気持ち悪いんですけど!

杉村「分かった、分かりましたから!もう言いませんから!

廻谷「全く。

杉村「で、原因は何なのさ?何で夢を諦めちゃうわけ?

廻谷「なんででしょうね、夢を諦めるほどの…何か。

杉村「子供の頃から見ていた夢を諦めるほどの…何か。

廻谷「子供の頃からの夢…

杉村「夢…何で諦めたかねぇ、夢…

廻谷「夢…

杉村「夢…

廻谷&杉村「──夢?

杉村「…ははは。

廻谷「はははは。

杉村「はっはっは。

廻谷「ははははは。

杉村「いやね、そんなまさかね。

廻谷「そうですよそんなまさか。

廻谷&杉村「──まさか?

杉村「いやぁ、考えたくないな。

廻谷「考えたくないですね。

杉村「仮にさ、そうだったとしてさァ、なんでそうなるわけ?

廻谷「私に聞かれても困りますよ、作ったのは杉村さんと博士でしょ。

杉村「僕はデザインとかが殆どで。中身は七割方博士が──。

廻谷「博士が間違えたんですかね?

杉村「…いや、ね?確かにあの機械には夢を吸い取る機能があるよ。でもその夢っていうのはその、寝るときに見る夢を吸いとるんであって、子供の時から見ている夢まで吸い取るだなんて──そんな無茶苦茶な!演劇の脚本でもそんな陳腐なネタは使わないよ。

廻谷「無茶苦茶でも、あり得るかもしれないじゃないですか。

杉村「僕の妊娠論の方が現実味はあると思うんだけどね。

廻谷「あーっ!!

杉村「なんだよ、今更妊娠論を認めるのか。

廻谷「杉村さんも!夢を取られているじゃないですか!

杉村「なんだよ、僕はそんな取られるような夢なんて持ってないぞ。

廻谷「宝くじ!

杉村「…あ。

廻谷「今回のジャンボ、買ってないじゃないですか。宝くじを当てて、キャバクラでキャストに囲まれて、ドンペリとか頼んじゃったりっていう最低な夢はどこへ行っちゃったんですか。

杉村「い、いやぁ。今回はたまたま忘れただけであって。

廻谷「今まですべてのジャンボ宝くじを買ってきた杉村さんが?毎回二百枚六万円つぎ込んでいた杉村さんが?

杉村「…だって宝くじなんか当たらないんだよ。毎回六万円、一年に二十四万つぎ込んできたけどさ、その金あればキャバクラ行けるんだよ。いや、キャバクラも、何かどうでもいいや。どうせみんなアバズレなんだろアバズレ。

廻谷「ほら違う、今までの杉村さんじゃない。夢を吸われちゃったんですよ。

杉村「じゃあ、リリコちゃんはどうなんだよ。

廻谷「私はそんな座れるような夢なんて無いです。

杉村「…そんな事言って、リリコちゃんも吸われてしまったのかもしれないな。うん、無茶苦茶な説だけどこれは確認せざるを得ない。

廻谷「戻りましょう。

杉村「マルトノ研究所へ。

 

・・・・・暗転。

 

 

 

 

 

【現実・マルトノ研究所】

 

・・・博士、ドリキャス装置をつけたまま床で倒れている。少し離れてバナナの皮。

・・・廻谷と杉村、入ってくる。

 

廻谷「博士!うわっ。

杉村「どうしたんだいリリコちゃん。うわっ。

廻谷「…博士!

杉村「触るな!

廻谷「え?

杉村「ヒトサンマルゴー、ヒトサンマルゴー。被害者の死亡を確認。リリコ、現場写真頼む。

廻谷「えっ!あっはい。

 

・・・廻谷、博士の周りにロープをひいたり、数字のプレートを置いたりして写真を撮り始める。

・・・杉村、バナナに気づき、白い手袋をはめる。

 

杉村「…リリコ。これ、なんだと思う…?

廻谷「バナナの…皮…?

杉村「そう、バナナの皮だ。それ以外の何でもない。

廻谷「待って下さい、バナナの皮と言うことは…!

杉村「ああ…。謎はとべてすけた──!

廻谷「ってなに遊んでるんですか!

杉村「リリコちゃんもノリノリだったくせに。

廻谷「むぐぐ。っていうか、呼び捨てにしましたよね、私のこと。

杉村「えっ、したっけ。

廻谷「しました──っていうか今はそれよりも博士でしょう!

杉村「大丈夫、さっき死亡確認した時には息があったから。寝てるだけだよ。

廻谷「何か矛盾しているような。

杉村「ともかく、博士はドリキャスの実験中だ。勝手に起こしちゃあまずい。まぁ遅くても一時間で起きてくるよ、ちょっと待とうじゃないか。

 

・・・廻谷と杉村、ハケる。

・・・カラスが鳴き始める。

・・・廻谷と杉村、入ってくる。

 

廻谷「三時間経ちましたけど。

杉村「…まずいかもしれない。

廻谷「えっ。このままずっと眠ったまんまってことですか。

杉村「その危険は無いはず、それだけは避けるために幾十にも対策をかけてある。最低でも二十四時間以内には必ず起きてくるはずだ。

廻谷「じゃあ何がまずいんですか。

杉村「もしドリキャスが、本当に夢を吸い取っているとしたら…?

廻谷「二十四時間もあったら、殆ど吸われちゃいそうですね。

杉村「そうだ、そしてマルトノ博士の夢は…。

廻谷「──夢に関する研究でノーベル賞をとること。

杉村「その夢を吸われた博士は、夢に関する研究を諦めるだろう。そしたら、このドリキャスの管理もやめてしまうかもしれない。そしたら、トシヲくんやノゾミちゃん、そして僕やリリコちゃんの夢は吸われっぱなしになって、ドリキャスの中から帰ってこない。

廻谷「杉村さんが管理をすればいいんじゃないですか?

杉村「それが出来ればこんな話はしていない。

廻谷「じゃあ…どうするんですか。揺さぶって博士を起こすとかは。

杉村「実験中の強制終了も危ないんだ。脳に障害が残ってしまうかもしれない。

廻谷「じゃあどうすれば。このまま黙って待ってるしか無いんですか?

杉村「…!ひとつ方法を思い付いた。

廻谷「なんですか。

杉村「これも危険なことには代わりはないが…。今朝のマルトノ博士の話を覚えているかい。

廻谷「えっと。二人で同じ夢を見れるって話でしたっけ。

杉村「そう。その機能自体はもうドリキャスに実装されているんだ。実験がまだなだけで。

 

・・・杉村、腕時計を見る。

 

杉村「時間がない、もうどれだけ博士の夢が吸われてしまったか分からない。やるしかない。

 

・・・杉村、自分にドリキャスの準備を始める。

 

廻谷「まって。

杉村「時間がないんだよ、リリコちゃん。

廻谷「まだ実験もしていないんでしょう。予想外のことが起きて、二人共帰ってこれなかったらどうするんですか。

杉村「…その危険性はある。けど、誰かがやらなきゃいけないんだ。

廻谷「──だったら。私がやります。

杉村「何を言っているんだ、夢のなかでなにかあったらどうするんだ。

廻谷「杉村さんが起きて来なかったら、それこそ私はどうすればいいんですか。強制終了の仕方だって分からないんですよ。

杉村「…。

廻谷「少しだけでも、ドリキャスの設計に関わった人間がこっちに残っていたほうがいい。それに、私には吸われる夢もありません。私がやります。

杉村「…。

 

・・・廻谷、ドリキャスを杉村から奪い取り、準備を始める。

 

廻谷「杉村さん、なにかあったら、絶対助けて下さいよ。

杉村「…あぁ。

廻谷「眠ったまま、このままずっと夢のなかなんて嫌ですからね。

杉村「あぁ。

廻谷「…杉村さん、私ちゃんと夢から戻ってこれたら──

杉村「やめろォ!フラグを立てるなァ!死亡フラグだけは勘弁してくれ!

廻谷「…そんなに怒らなくたっていいじゃない。

 

・・・廻谷、ドリキャスの準備が終わる。

 

廻谷「準備、出来ましたよ。

杉村「そうか。

廻谷「時間がないんじゃないですか。

杉村「そうだな、うん。リリコちゃん。何があっても絶対に助けるから、心配するな。寧ろ、夢を楽しんでこい。

廻谷「…もうちょっと男らしく言って欲しかったなぁ。じゃあ。おねがいします。

杉村「おやすみ!

廻谷「おやすみなさい!

 

・・・・・暗転。

 

 

 

【夢・ポイントK】

 

杉村と廻谷と山葉と河合がいる。

 

河合「三時間?

杉村「今日は一段と長いですね。

山葉「ポイントMを保持、作業を行なっているようだけども。

杉村「三時間はいくらなんでも長すぎる、誰か時計いじくったのか。

山葉「あ、外部からのコンタクトが。

杉村「外部から?

山葉「これは…第二プレイヤーのコンタクト確認。

杉村「第二プレイヤー?実験通達は来ていないのにどういうことだよ。

河合「識別番号は?

山葉「11115。廻谷リリコです。

杉村「リリコちゃん?来るなら僕だと思っていたんだが。何故だ。

河合「博士が中々起きないから様子を見に来たのじゃないかな。

杉村「たかだか現実時間で三時間だぞ。リスクが大きすぎる。スタートポイントはどこだ。

山葉「座標軸Xが910、Yは258、Zは5。このままだとポイントMからのスタートだって。

杉村「ポイントMだと?何故そんなとこに直接リンクするんだ。よりによって博士がいるじゃないか。時計といい、誰がやった。おい。

河合「まだ実験もしていない第二プレイヤーのコンタクトだよ。何が起こってもおかしくはない。今は犯人探しより、接触を止めないと。

山葉「もう間に合わないよ、接触は避けられないんじゃない。

杉村「不可避だと?

河合「二人なら大丈夫だろう、信じるしか無い。二人の接触が終わり次第、廻谷リリコを保護に向かおう。

杉村「作戦Yだ、な。

山葉「誰が行くの?

杉村「僕が行くよ。

河合「いや、それより僕が。

山葉「いやいや私が。

河合「…。

杉村「…

山葉「…ネタを振っておいてなんなの、なんか言いなさいよ!

 

・・・・・場転。

 

 

 

 

【夢・マルトノ研究所】

 

・・・廻谷、起きる。

 

廻谷「ここは…研究所?夢のなかでも博士は研究所にいるの?博士、博士?

 

・・・博士、出てくる。

 

博士「私を呼んだのはどこの廻谷クンだい。

廻谷「はい、この廻谷です。

博士「用件はなんだね、こう見えても忙しいんだよ。

廻谷「勝手に入ってきてすいません、ただ博士が三時間も起きてこないので──

博士「え、もうそんなに経ったのか。

廻谷「そうなんです、とにかく緊急事態なんです。ドリキャスに、夢が吸われているかもしれないんです。このままだと博士も──

博士「ちょっと待て!君は、誰だ。

廻谷「誰って、廻谷リリコじゃないですか。とぼけないでください。

博士「帰りなさい。

廻谷「え?

博士「帰りなさいと言っているんだ。

廻谷「でも、博士も一緒じゃないと──

博士「君は、まさか!実験もその調節も済んでいない未完成の機能を使ってここにいると言うのか。

廻谷「無断で、すいません。でも本当に緊急事態かと思って──

博士「何をしているんだ。余りにも危険過ぎる行為だ。君や私に異常が起きる前に、早くここから出ていきなさい。

廻谷「でも、博士も一緒に覚めないと。

博士「私はここでやらなくてはいけないことがある。

廻谷「やらなくてはいけないことって。

博士「君もめんどくさい子だね。内部からのメンテナンスをしているんだよ。これを怠るわけには行かないんだ。さあ早く。

廻谷「ドリキャスに、皆の将来の夢が吸われているかもしれないんです、博士も一緒に。

博士「将来の夢が吸われる…?そんな無茶苦茶なことが起こるわけがなかろう。邪魔をしないでくれ。

廻谷「お願いです。

博士「君が、この研究所から出て行かないというのならば、こちらから場所を変えるまでだ。

廻谷「博士。

 

・・・博士、机を動かしハケる。

・・・廻谷、博士を追いかけるが、阻まれる。

 

廻谷「なんなの、どうしたらいいの。何でこんな時に限って頑固なの、博士の馬鹿。

山葉「先輩、なにしてるんですか。机運ぶの、手伝ってくださいよ。

 

・・・山葉、出てくる。

 

廻谷「ノゾミちゃん?

山葉「何でこんなに机ぐちゃぐちゃになってるんですか。遊んだならちゃんと片付けてくださいよ。

廻谷「私は、別に遊んでいたわけじゃ──ここはどこ?

山葉「え?いや、大学じゃないですか。何言ってるんですか先輩は。

廻谷「大学…?でもさっきまで私は研究所に…

山葉「ぶつぶつ言ってる暇があるんだったら一緒に片付けて下さい。

廻谷「確かにここは研究所じゃないけど、大学でも無いわ。ここはどこなの。

 

・・・山葉、机を動かす。

 

【夢・ナニガシ大学316教室】

 

山葉「ほら、これで大学ですよ。忘れちゃったんですか。

廻谷「ここは…316教室?

山葉「ここでしたよね。

廻谷「何が?

山葉「河合くんと出会ったのは。

廻谷「あぁ、そうだった気がする。何でノゾミちゃんが知ってるの?

山葉「授業で同じグループを組んで、それで意気投合して、サークルにも勧誘されて。

廻谷「トシヲくんにでも聞いたの?

山葉「いいえ。もしかして先輩、自分の話だと思っています?

廻谷「え。

山葉「私とトシヲくんが出会った話をしていたんですよ。あれ?もしかして先輩もカシヲ先輩とここで出会ったんですか?

廻谷「ちょっと待ってよ、これは博士の夢じゃないの?何の話をしているの?

山葉「へぇ、不思議ですね。同じ兄弟に恋をして。出会い方も一緒でサークルも一緒。私達って似てるんですね。

廻谷「似てる?

山葉「そんなに似てたら、私達間違えられちゃうかもしれませんね。

廻谷「間違える?

山葉「トシヲくんが、もし間違えて、リリコ先輩のことを好きになったらどうしよう…。

廻谷「いや、そんな間違いあるわけ──

山葉「そんなことあっちゃいけない。そんなことあっちゃいけないんですよ。トシヲくんは渡さない…。

廻谷「…ノゾミちゃん?

山葉「リリコ先輩がいなくなれば、そんな間違いも起こりませんよね。

 

・・・山葉、大根を逆手に構える。

 

廻谷「あれ、何してるのノゾミちゃん。また大根なんだね、大根好きなんだね。

山葉「トシヲくんは絶対に渡しませんから!

 

・・・山葉、廻谷に襲いかかる。

・・・廻谷、必死に避け続ける。

 

廻谷「ひぃ!や、やめて!落ち着いてよノゾミちゃん。私は──

 

・・・廻谷、転ぶ。

・・・山葉、廻谷に馬乗りになる。

 

廻谷「ひぃ。

山葉「さよなら、廻谷リリコさん。

廻谷「やだー!大根で死ぬのは嫌だー!

 

・・・・・暗転。

 

 

 

 

【?・マルトノ研究所】

・・・廻谷、ドリキャスを付けて机につ突っ伏して寝ている。

・・・博士と杉村、青ざめた顔で悩んでいる。

 

杉村「死んでるんじゃないですかこれ。二度と目を覚まさないかもしれませんよ。

博士「どうしよう、杉村くん。私は人を殺めてしまったんだぁぁぁぁ。

杉村「博士。こうなったら隠滅するしかありません。まずは死体の処理です。

博士「死体の処理。

杉村「そうです、まずはこの部屋からリリコちゃんを運びだしましょう。

博士「そ、そうだな。

杉村「博士は左肩をお願いします、僕は右肩を…。

 

・・・博士と杉村、廻谷を持ち上げる。

 

杉村「いきますよォっと。せーの。

博士「よっ。うわわわ。

 

・・・杉村と博士、早速バランスを崩す。

 

廻谷「いてぇぇぇぇ!

杉村「あれ、死んでなかったのかリリコちゃん。

博士「なぁんだ死んでなかったのか。

廻谷「勝手に殺すなぁ!あれ、でも待って、私さっき大根で刺されたような──

博士「待った!私の質問が先だ!君は先程夢で何を見た?言うんだ!

廻谷「え、や、ノゾミちゃんに大根に刺されて──ってなんで博士がここにいるんですか?無事だったんですか博士。

博士「余計なことはいいから!君が見た夢を話したまえ!

廻谷「でも、どこからが夢なのか分からなくて。

杉村「思い出せるところから、省略してでもいいから。

廻谷「えぇと、かくかくしかじか。

博士「かくかく…と。

廻谷「いぬいぬねこねこ。

博士「いぬいぬ…?ふむ。

廻谷「うまうまうしうし。

博士「うまうま…えぇい!何を言っているかわからん!

杉村「分からなかったのかよ!時間の無駄じゃないか。あぁもう、こういう時はこうやるんです。つう。

廻谷「かあ。

博士「これがつうといえばかあか!

杉村「なるほど、そういうことだったのか。

博士「つまり、彼女は三ヶ月に及ぶ夢を見ていたということになるのか。

杉村「そんな長い夢を、今の僅かな時間でみることなんて出来るんですか?

博士「中国の故事に、一炊の夢と言うのがある。五十年に及ぶ人生を夢に見たが、起きてみるとまだ飯も炊けていないような僅かな時間だったと。ありえない話ではない。

廻谷「えっ。じゃあ、夢を吸われたりとか、そういうの全部夢だったってことですか?

博士「当たり前だろう、そんな無茶苦茶なこと、現実に起きるわけないだろう。

廻谷「そうですよね、なんかおかしいと思っていたんですよ。私が杉村さんに…。

杉村「僕がどうしたって?

廻谷「なんでもありません。いやぁ、まぁ良かったです、夢を吸われた人がいなくて。本当に。あはは。

博士「はっはっは。

杉村「はっはっは。

廻谷「あはははは。

 

・・・・・暗転。

・・・全員、一旦ハケ。

 

・・・廻谷と杉村、出てくる。

 

廻谷&杉村「ありがとうございましたー!!

杉村「えぇ本日は演劇集団──

廻谷「ってちょっとまてぇ!拍手やめろ!いい雰囲気のBGM止めろー!

杉村「え、何やってんの。

廻谷「え!夢オチ!?

杉村「そうだよ、夢オチ。

廻谷「そうだよ、じゃないですよなんですか夢オチって!ふざけないでくださいよ!

杉村「ふざけてるのはそっちでしょ。どんな形にしろ物語が終わろうとしているのに、何で止めるんだよ。

廻谷「誰がこんな終わり方納得しますか!私が納得するしないの話だけじゃないんです、もうアンケートにオチが読める、とか、ストーリーがよくわからない、とか書かれるのは嫌なんですよ!お願いしますよ夢オチだけは勘弁して下さいどうかこのとおり。

杉村「…アンケートに並んだ辛辣な言葉を見るのは嫌だな。また作戦失敗だ、作戦変更。

廻谷「作戦?

杉村「君にはもうすこし寝ててもらわなきゃぁいけなかったんだけど。

廻谷「どうして?

杉村「君の夢を吸う為に。

廻谷「私の夢って。そんな吸われるような夢は──

杉村「ちょっとした欲望でも、それは小さな小さな夢だと思うんだ。そう、例えば、吸われた夢を助けたい、という小さな夢。

廻谷「…あなた、誰?私の知っている杉村さんじゃない。

杉村「そうその通り。僕は君が知っているだけの杉村テルミじゃあない。

廻谷「じゃあ、誰ですか。

杉村「君の知らない杉村テルミ。笑わないテルミ、優しくもないテルミ、面白くもないテルミ。

廻谷「どういうこと。

杉村「説明しよう!!リリコちゃん、君の推理は当たっていたのだっ。このドリームキャスターは夢を吸い取っていた。夢だけじゃない、この機械で見た夢のあらゆる情報が、吸収されていたのであるっ。

廻谷「そんなの、プライバシーの侵害じゃない。

杉村「そうやって他人のプライバシーを侵害して出来たのが、僕だっ。三ヶ月間、いろんな人が夢のなかでみた僕が蓄積されて出来たのがドリキャスのなかの僕。杉村テルミが見た僕、廻谷リリコから見た僕、マルトノ博士が見た僕なのであるっ。故に、今の僕は普段の廻谷リリコに見せる杉村ではないっ。

廻谷「あんまり変わらないような気もしますけどね──

杉村「そしてもうひとつ!!

廻谷「──人の話を聞かない所とか。

杉村「この夢の登場人物は、全員が各々の夢なのだっ。

廻谷「ちょっと何言っているか分からないですねー。

杉村「つまりだ、僕たちは、各々の将来の夢とかの結晶なわけ。ノゾミちゃんだったら、プロの役者になりたいという夢の結晶。トシヲくんだったら、プロの演出家になりたいという夢の結晶。僕達が何らかの形で消えれば夢も消える。僕達が現実世界の僕達の中に戻れば、元に戻る。

廻谷「じゃあ、ここにいちゃ危ないじゃないんですか。

杉村「そうかなぁ、そうは僕は思わない。

廻谷「そういえば。なんでさっきからそんなに教えてくれるんですか?

杉村「時間稼ぎに決まってるだろう。君の、助けたいと言う夢はまだ吸い取りきっていない。

廻谷「罠だったの。

杉村「人聞きの悪い。それより一つ面白いことを教えよう。僕はもう、リリコちゃんとさっきのやり取りを三回もしてるんだ。

廻谷「三回?

杉村「君は再びここから逃げだし、また気付けば大学にいて、そこで山葉ノゾミに殺され、そして夢オチに気付き、僕から説明を受けて、逃げる。それを君は記憶にないままに三回も繰り返してきたんだよ。無限ループってやつ?そうやってるうちに夢を吸い取ってしまおうという計画なんだけどね。あー、ちょっと説明しすぎたかな。

 

・・・杉村、ネギを取り出す。

 

廻谷「な、なんですかそれは。

杉村「なんですかって。見たら分かるだろう、ネギだよ。

廻谷「いや、ネギなのは分かるんですけど、なんでネギ?

杉村「さぁ、どこを殴られたい?鳩尾か、お腹か、それともその後頭部を?

廻谷「いや、え?ネギで?ふざけてるんですか?

 

・・・杉村、ネギを振るう。

 

杉村「僕は、本気だよ。

 

・・・廻谷、逃げる。

 

杉村「逃げるがいいさ、夢が吸われ尽くす前に、この悪夢から逃げることが、果たしてリリコちゃんに出来るかな。

杉村「それからリリコちゃんは夢のなかで二十回殺された。十一回は大根で刺され、六回はゴボウで切られ、三回はネギで撲られた。繰り返す悪夢。逃げては殺されては夢オチ、そして僕の長ったら

しい説明。逃げては殺されて…。それでもリリコちゃんの夢は吸われない。

 

・・・廻谷、杉村のセリフの裏で山葉に殺される。

 

山葉「ねぇ、まだなの。私疲れたんだけど。

杉村「リリコちゃんが諦めるまでだろ。もうちょっと頑張ってくれよ。

山葉「杉村さんはネギで殴るだけだからいいかもしれませんけどね、大根もゴボウも重いんですよ。そんなに頑張れって言うなら変わってくださいよ。

廻谷「どうしてなの。私は、杉村さんや、ノゾミちゃんの夢を助けたいのよ?

山葉「助ける?

杉村「現実世界ほど夢が存在しにくい場所はない、現実と夢は相反する場所なんだよ。

山葉「私の夢なんか、現実世界じゃあ、いつ露と消えるかもわからないんですよ。それだったらここに居たほうが安全なんです。

杉村「同感だね、僕も現実世界に帰る気は起きない。

廻谷「でもそれじゃあ、夢が叶うことは──

杉村「夢とは必ずしも叶えるためにあるものじゃあないんだ。

山葉「夢のままであったほうが、本人のために幸せなこともあるんです。邪魔をしないで下さい。

廻谷「…これは、私の夢じゃなくて博士の夢なんですよね。杉村さんもノゾミちゃんもそんな私に強く当たったりしないもの。

杉村「博士の夢だけじゃあないな。

山葉「あくまで、先輩の脳味噌と、ドリキャスのなかで起きている出来事です。博士と同じ空間にはいますけど、誰かの見た夢ではなくて、先輩が今見ている夢なんですよ。

廻谷「それじゃあ──

杉村「さぁてお喋りはここまでだ。君にはひき続きを悪夢を見てもらわなきゃぁ。

 

・・・杉村と山葉、野菜を構える。

 

杉村「さぁて、次はどこをやってほしい?

山葉「あと残っているのは──

廻谷「…違う、こんなの、私の夢じゃない。

 

・・・廻谷、出ていく。

 

山葉「あと何回繰り返すのかしら。いいかげん諦めればいいのに。

杉村「本当に。もしかしてリリコちゃんはドMかしら──ちょっと待てよ、君と僕がここにいたら、誰がリリコちゃんを殺すんだよ。

山葉「あ。…でもトシヲくんがいますよ。

杉村「僕はアイツに野菜を渡した覚えはないぞ。

山葉「じゃあ、殺せないじゃないですか。

杉村「野菜以外じゃ殺せないの?

山葉「人を殺すには野菜じゃないとグロいでしょう。早くトシヲくんのところに行かなきゃ。

杉村「別に座布団とかネコとかで殺してもいいと思うんだけどな…。

 

・・・山葉と杉村、ハケる。

・・・河合が出てきて、机を動かし始める。

・・・しばらくして、廻谷が入ってくる。

 

廻谷「あっ。

河合「あぁ、丁度良かった。机を動かすの、手伝ってくれますか。リリコさん。

廻谷「えっ?

河合「困りますよね、遊び終わったら片付けるのが常識なのに。最近は片付けない人が本当に多くて──どうしたんですか、リリコさん。

廻谷「…ううん、なんでもない。

河合「良かったら、そっち持ってくれますか?

廻谷「えぇ。

 

・・・山葉と河合、机を動かす。

 

【夢・ナニガシ大学316教室】

 

廻谷「ここは…316教室?

河合「ここでしたよね。

廻谷「何が?

河合「兄さんと、リリコさんが出会ったのは。

廻谷「…そうだった気がする。

河合「授業で同じグループを組んで、それで意気投合して、サークルにも勧誘されて。

廻谷「懐かしいな。

河合「その一年後、僕と山葉ノゾミもここで出会ってるんです。

廻谷「どこかで聞いたなその話。

河合「不思議ですよね。同じ兄弟に恋をして。出会い方も一緒でサークルも一緒。リリコさんとノゾミちゃんって似てるんですね。

廻谷「似てる?

河合「そんなに似てたら、間違えちゃうかもしれませんね。

廻谷「間違える?

山葉「(幕内より)待ったァァァァ

 

・・・山葉、出てくる。

 

山葉「そんなことあっちゃいけない。そんなことあっちゃいけないんですよ!トシヲくんは渡さない…!

 

・・・山葉、伝説の剣を構える。

 

河合「その剣は…!

廻谷「あ、ノゾミちゃん、違うの、違うんだよ──

山葉「もう手加減しませんよ。リリコ先輩がいなくなれば、全て…!

河合「リリコさん、これを!

 

・・・河合、廻谷にステッキを渡す。

 

廻谷「え、なにこれ。

山葉「トシヲくん気をつけてね。今、そいつ殺すから。

 

・・・山葉、廻谷に襲いかかる。

・・・廻谷、必死に避け続ける。

 

廻谷「ひぃ!や、やめて!落ち着いてよノゾミちゃん。私は──

 

・・・廻谷、転ぶ。

・・・河合、廻谷と山葉の間に割って入る。

 

廻谷「トシヲくん?

山葉「トシヲくんどいて!その女殺せない!

河合「ノゾミちゃん、こんな悪夢はもうやめよう。何も産みやしない。

山葉「…裏切るの?

河合「君のため、僕のためでもあるんだ。もう帰ろう。

山葉「いやよ!あんなところに帰りたくないわ。現実なんて、現実なんて──

河合「リリコさん、今だ。

廻谷「え、あ。(各自で考えた必殺技を叫びましょう)

山葉「ぎゃー。

 

・・・ちゅどーん。聖なる光で包まれる。

・・・山葉、倒れている。

 

廻谷「い、今のは…?

河合「さぁ、今のうちに。

 

・・・公演会場のドアが乱雑に開閉される。

 

杉村「そうは問屋が卸さん!

 

・・・杉村、客席にヤリを持って入ってくる。

 

杉村「逃げようたってハケ口は封じてあるぞ。この裏切り者め。

河合「裏切るですって?人聞きが悪い。

杉村「今までずっと出てこないから怪しいとは思ったが。武器を渡しておかなくて正解だったな。

 

・・・杉村、河合の喉元にヤリを突きつける。

 

廻谷「や、やめてください!

杉村「か、かしこまりましたボス!…あれ?

河合「今のうちです、こっちへ!

杉村「あ、くそ。待て。

廻谷「こ、来ないで下さい!

杉村「か、かしこまりましたボス!…くそ!なんで敬礼しちまうんだ!

 

・・・廻谷と河合、ハケる。

 

杉村「だがしかし、ハケ口は全て封じてある!行き場など──なんだこのハケ口はァ!こんなとこに穴なんてあったっけ。どんな手抜きだよこれは。くそ。

 

・・・杉村、山葉を起こす。

 

杉村「おい、起きろよノゾミちゃん、おい。

山葉「──はっ。杉村さん、あの女は、あの女はどこですか。

杉村「あの女って言うのはやめなさい。あそこの穴から逃げられた、いつの間にあったんだあんな穴。

山葉「あれは、リリコさんの。

杉村「リリコちゃんが?

山葉「ともかく、追いかけましょう。

杉村「あ、あぁ。

 

・・・杉村と山葉、ハケる。

・・・廻谷と河合、しばらくして出てくる。

 

河合「ここまで来れば大丈夫、あとはハケ口を…。

 

・・・ハケ口を机で塞ぐ。

 

【夢・???】

 

河合「これでよし。

廻谷「た、助けてくれてありがとう。

河合「お互い様ですよ。リリコさんも僕を助けてくれた。いつからボスになったんですか?

廻谷「そういえば。どうしてあの時杉村さんは…。このステッキとかも。

河合「夢が、混ざってしまっているんでしょう。二人が同じ夢の世界にいるという、実験も済んでいない機能を使っているんです。バグだって起きますよ。

廻谷「やっぱり、ここへ来たのは危なかったのかな。

河合「えぇ、本当に危険なことです。でも、リリコさんが来てくれて本当に良かった。そしてこのバグも使える。

廻谷「使える?

河合「えぇ。この三ヶ月間、ドリキャスから開放されるための筋書きをずっと考えていたんです。あとは役者が揃えば…

廻谷「役者って、杉村さんと、ノゾミちゃんと──

河合「それから、リリコさん。

廻谷「私?

河合「えぇ。あなたのお陰でシナリオは出来上がった。皆の夢を助ける方法も全部調べてあります。夢が吸われていたのは、とあるプログラムのせいなんです。それを消しさえすれば。

廻谷「その、プログラムの消し方は、わかってるの?

河合「まず必要なのは、叶いそうもない、大きな夢。

廻谷「そんな夢、私持ってないわ。

河合「僕のシナリオ通りにいけば大丈夫です。そしてその夢を持ったものが仮面ライダーの変身ポーズを取ると…

廻谷「えっ?仮面ライダー?

河合「仮面ライダーです。こう、変身!とやると…

廻谷「もしかしてふざけてる?

河合「ふざけてなんかいません!博士がそう作ったんだからしかたがないじゃないですか!

廻谷「あー博士、スターウォーズとかの特撮好きって言ってたしなぁ。

河合「とにかく、変身のポーズを取れば、コントローラーが手に入るんです。

廻谷「そのコントローラーを使えば…!

河合「僕の夢も、ノゾミちゃんの夢も、杉村さんの夢も、リリコさんの夢も元に戻るんです。

廻谷「博士も忘れちゃダメよ。

河合「博士の夢を戻す必要はありません。いや、戻しちゃいけない。

廻谷「どうして。博士のノーベル賞を取る夢がどうでもいいっていうの?

河合「博士は、博士の本当の夢は、ノーベル賞をとることなんかじゃありません。世界征服が彼の夢です。

廻谷「世界征服?

河合「夢を吸い取ってしまう、問題のプログラム。それはバグなんかではなく、博士がドリキャス設計当初から仕込んでいたんです。

廻谷「だけどそれでどうやって世界征服なんか。

河合「夢を吸われ、失った者は現実を見るしかなくなるんです。だけどそれは怖い。ならば夢を見ればいい。そしてドリキャスを使い、夢を見て、夢を吸われ──ドラッグと一緒です。現に僕とノゾミちゃんはドリキャス中毒になっていた。

廻谷「そんな…。

河合「そして博士は吸い取った将来の夢を、別の人の将来の夢として植え付けるというプログラムも開発中です。

廻谷「つまり、ノゾミちゃんの役者になるという夢を杉村さんに植えつけて、杉村さんが役者になりたがるように出来るってこと?

河合「そう。子供に政治家の夢を、スポーツ選手の夢を抱かせたい。そう思っている親はたくさんいるだろうし、金も出すでしょう。そうして育った子供がドリキャスを使えば、また夢は吸われる。ボロい商売ですよ。

廻谷「絶句。

河合「ドリキャスで夢を見よう、夢の世界は最高だ。あんなことも、こんなことも、夢の世界ならばなんでも見ることができる。さああなたも、さあ君も!博士は着々と近づいている。やがては全世界の人がドリキャス無しでは生きていけなくなる日へ。

杉村「聞かせてもらったぞ!人類は衰退するんだな!

 

・・・杉村と山葉、ハケ口に立つ。

 

山葉「その話、本当なの?

河合「あぁ、本当だよ。

山葉「…入れてくれる?

 

・・・杉村と山葉、入ってくる。

 

杉村「いつの間にそんなに調べていたんだ。

河合「僕は出番少ないので。さっきもちょこっと。

杉村「博士のデータを盗み見たのか?まさか、時計をいじくったのも、スタートポイントをマルトノ研究所に変えたのもお前か。

河合「はて?なんのことです?

杉村「まったく。

廻谷「ノゾミちゃんも、杉村さんも聞いたでしょう?ここにいたら危ないんです。早く現実世界に戻らないと。

杉村「戻りたくはないんだけどね。他人に植え付けられちゃたまらないな。削除って言ったって、そんな簡単に行くの?

河合「えぇ。役者も揃いました。

山葉「…いやよ、私帰らないわ。現実なんて、現実なんて…!

河合「じゃあ、ずっとここにいてもいい。だけどこのまま時間が経てば君は、プロになりたいと言う夢は売り飛ばされてしまって、君は君じゃなくなってしまうんだ。そんなのに耐えられるかい?

山葉「…。

杉村「それだったら、現実世界の方がずっといいと思うけどね。

廻谷「大丈夫よ、ノゾミちゃんならきっとプロになれる。ドリキャスが無かったら、夢を捨てたりなんか絶対しない。

山葉「…わたし──

博士「そこまでだ。

 

・・・博士、入ってくる。

 

廻谷「博士…!

博士「そこまで知られてしまってはね。さあてどうしてやろうかな。

杉村「どうやら話は本当だったみたいだなぁ。

博士「プログラムを削除するだって?コントローラーも無いのに、どうやって。

河合「こっちにはコントローラーを手に入れる算段は整ってるんです。そのための、叶わないような夢もね。

博士「どんな夢だか知らんが、先にコントローラーを手に入れればコチラのもんだ。変身ッ!

 

・・・何も起きない。

 

博士「…?何故だ、何故何も起きん。

河合「残念でしたね博士。あなたの夢は既に叶わぬ夢ではないんです。

博士「何を言う。世界征服ほど大きな夢が、叶いそうもない夢がどこにある。

河合「あなたはその世界征服とやらへ、このドリキャスを3ヶ月も運用しているあいだにかなり近づいてしまったってことです。もう叶わないような夢ではなくなってしまったんですよ。

博士「嘘だッ!私が作ったのだ、私を裏切るなど…!

山葉「ってことは、博士もコントローラーを手に入れられなくて…ようするに制御不能ってこと?

杉村「まずいな、博士から奪い取ることも出来ないなんて。世界征服以上のでっかい夢なんてありゃしないぞ。

河合「いや。リリコさん、あなたなら出来る。

廻谷「私?私そんな夢なんて──

河合「思い出して。君の夢は何だった?

廻谷「トシヲくん…?

河合「あの時、僕のせいで潰えてしまった夢はなんだった。思いだせ、リリコ。

廻谷「…!私の夢は…私の夢は。君が、私のために書いた脚本で、私が舞台に立つこと。

博士「はっ!そんな夢がどうした。叶いそうも無ければ大きくもないわ!

河合「そういえば。自己紹介がまだでしたね。僕の名前は、河合カシヲ。享年23。

博士「享年…?

山葉「カシヲ先輩…!?

河合「僕は、彼女のために脚本を書いている途中に、とある交通事故で死んでしまいましてね。

廻谷「思い出した。あの日に消してしまった夢を。

杉村「一生完成することのない脚本。

廻谷「一生叶うことのない夢。

山葉「それほど儚くて──

河合「叶うことのない夢があるだろうか?

博士「…ふざけるな、そんな夢など──

河合「リリコ、やれ。

廻谷「──変身!

 

・・・廻谷が光に包まれる…が、何も起きない。

 

廻谷「…今ので良かったの?

河合「良かったはずだ。なのにどうしてだ。どうして何も起こらない。

博士「ははは、当たり前だ。やはりそんな夢じゃあ大きな夢とは言えない。

河合「くそっ。ダメだったのか。

山葉「まだ分からないわ、どこかに出てきたかもしれない。

杉村「そのコントローラーはどんな形しているんです?

博士「くくく。そのコントローラーはなぁ…

 

・・・着信音が鳴る。

 

杉村「誰だ。公演前に、電源は切っておけと言っていただろう。

廻谷「ごめんなさい、私のです。

 

 

・・・廻谷、後ろを向いて着信音を止める。

 

博士「…そのコントローラーさえあればなぁ、プログラムを削除することができる、もっともその命令を出した者や周りの者も巻き込まれるが。それだけじゃない。君たちをここから消すことも、人の夢を改変することも、自由にこのドリキャスを操れる。そう、iPhoneならね。

 

・・・博士、振り返る。

・・・廻谷、iPhoneを持っている。

 

博士「…。

廻谷「…。

杉村「…。

山葉「…。

博士「何故それが君の手の中にあるんだぁぁぁ

廻谷「あー、買ったんですよ。宝くじ当たったので。

博士「買っただとぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ

杉村「ソフトバンク?

廻谷「あ、auです。

山葉「あーやっぱり。

博士「うるさァい!黙れェ!ふざけおって!

杉村「うるさいのは博士ですよ。コントローラーも持ってないのに大声出さないでくださいよ。

博士「ならば力づくで奪うまでよ!

杉村「四対一で敵うとでも思ってるんですかぁ。

博士「ふん、くらうがいい!

 

・・・博士、手を河合に向ける。

・・・杉村、苦しみだす。

 

杉村「ぐぇぇ。

山葉「あの力は…!

河合「フォース…!?

廻谷「しまった、博士はスターウォーズが好きなんだった。

博士「忘れたのかね、ここは私の夢だよ。勝手な真似は許さん。

河合「違うな、これはあなただけの夢じゃない、リリコの夢でもある。

博士「黙れ!

 

・・・博士、手を河合に向ける。

・・・河合、苦しみだす。

 

河合「ぐわぁぁ。

博士「さぁ、二人が苦しむ姿を見たくなければ、iPhoneを渡せ!

杉村「ノゾミちゃん、リリコちゃん、逃げろォ…ぎゃああ。

廻谷「杉村さん!

河合「構わず逃げろ!早く!

 

・・・廻谷と山葉、逃げる。

 

博士「それで逃したつもりか。

河合「杉村さん…ボスを…!

杉村「え…ボス…?ボス…ボス!助けて!ボース!

博士「ふん!助けなど来ぬわ!えぇい!

杉村&河合「ぎゃああ。

 

・・・杉村と河合、崩れ落ちる。

 

廻谷&山葉「(幕内より)私を呼んだのはどこのどなたかしら?

博士「その声は…!

 

・・・廻谷と山葉、壁をぶち破って出てくる。

 

博士「なにぃぃぃぃ。

杉村「ボ、ボス!

河合「ボスがダイナミックに助けに来てくれた!

博士「何をしているんだ!私の夢で勝手な真似は許さんぞ!

山葉「だって、ハケ口ふさがってるんだもの。

廻谷「それにボスらしく登場したかったしね。

博士「ふざけおって…!

山葉「二人共、

廻谷「下がっててちょうだい!

杉村&河合「かしこまりました、ボス!

博士「えぇい、これ以上勝手はやらせん!ぬん!

 

・・・廻谷と山葉、博士のフォースを各々の武器で防ぐ。

 

廻谷「こ…これが…

山葉「フォースの力…!くっ!

博士「はははは!いつまでも持つかな!

山葉「…負けないんだから!

廻谷「ノゾミちゃん、一気に行くわよ!

山葉「えぇ!

博士「負けてたまるかぁ!こんなふざけた夢などォォ!

廻谷&山葉「くらえーっ!(各自で考えた必殺技を合成した技名でも叫びましょう)

 

・・・三人の影が聖なる光で包まれる…!

 

杉村「ど、どっちだ!

河合「どっちが勝ったんだ!

 

・・・廻谷と山葉、崩れる。

 

杉村「そんな!リリコちゃん…リリコちゃん!

博士「くっくっく…。!

 

・・・博士、胸を抑える。

 

博士「まさか…この私が…こんなふざけたことで…

 

・・・博士、倒れる。

 

博士以外「やったぁぁ!

山葉「さて、あとはプログラムの削除ね。

杉村「問題はプログラムの削除をしたらその周りも巻き込まれることだけど…

河合「僕がやります。

廻谷「えっ。

河合「死んでいて、帰る場所がないのは僕だけです。僕にぴったりの、最後の仕事だ。

杉村「…そうか。

河合「それじゃあ、早くここから離れて。博士がいつ目を覚ますかも分からない。

杉村「そうだな。

山葉「…ありがとうございました、さようなら。

杉村「じゃあな。

 

・・・山葉と杉村、ハケる。

 

河合「さぁ、iPhoneを渡して。

廻谷「…。

河合「大丈夫、現実世界に戻ったら、またちゃんとポケットに入ってるよ。

廻谷「違う、そうじゃないの。これを渡したら、もうカシヲくんと会えないんでしょ?

河合「…そうだね。でもまたきっと会える。君が僕を忘れない限り。

廻谷「ちょっとだけ。ちょっとだけでも話をさせて。

河合「…ちょっとだけだよ。

廻谷「やっぱり、カシヲくんだったんだね。

河合「バレてた?

廻谷「トシヲくんは私のことを名前で読んだりしないもの。

河合「あちゃあ。やっちゃったなぁ。

廻谷「どうして、カシヲくんがここにいるの?三年前に死んじゃったのに。

河合「君やトシヲ達が見た夢に、僕が出てきたみたいでね。死人でも夢のなかでなら生きていられるんだなぁ。

廻谷「何だか、成仏できてない幽霊みたい。

河合「その例えもあながち間違いじゃない。やり残した夢があるからね。

廻谷「その夢って──

河合「その夢はトシヲに託してある。君が夢を取り戻した今なら、あいつが完成させてくれるはずだ。

廻谷「うん。

河合「そうだ、君に、一つ言葉を贈ろう。フロイトは言った。"夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。"

廻谷「その言葉は…。

河合「夢は現実から作られる。そして──

廻谷「現実も夢から作られる…?

河合「そう。

廻谷「いまいち、よくわからないよ。

河合「いつか分かる日が来る。君なら出来る。叶えてくれ、君と、僕の夢を。

廻谷「…分かった。

 

・・・廻谷、iPhoneを河合に渡す。

 

河合「ありがとう。

廻谷「またね、カシヲくん。

 

・・・廻谷、ハケる。

 

河合「…さよなら、リリコ。ごめんな、トシヲ。

 

・・・河合、iPhoneを握り締める。

 

杉村「ちょっと待った。

 

・・・杉村、入ってくる。

 

河合「…なんですか、これからエンディングだっていうのに。間が悪いですよ。

杉村「でもなぁ、このままあんたが消えちゃあ、グッドエンディングにならないと思うんだよ。

河合「僕はもう既に死んでいるんですよ。帰る場所も無い。消えるには一番適している存在ですが。

杉村「あんた、本当に河合カシヲかい?

河合「…えぇ。

杉村「でも河合トシヲでもあるだろう?

河合「…。

杉村「見た目も、夢も似たような様な兄弟だ。バグでも起きたんだろうよ。さしずめ君は…河合カシヲトシヲ?

河合「それじゃあ漫才コンビみたいだ。

杉村「あんたが消えちゃあ、トシヲくんの夢も消えちまうんじゃないのかい?

河合「そうかもしれません、ね。自分でもよくわからないんです。自分がカシヲなのか、トシヲなのか。

杉村「それなのに消えるって?二つの夢を抱え込んだまま?おまけに、僕の夢を叶えてくれって?少し無責任すぎやしないかな。

河合「だけど、他に方法がないんですよ。

杉村「いいか、これはあくまで推測でしか無い。でも、今の状態の君が、河合カシヲトシヲが現実世界に戻れば、カシヲの夢も、トシヲの中で生き続けられるかもしれない。リリコちゃんの夢が叶う、カシヲくんの夢だって叶うかもしれない。

河合「…じゃあ、誰がプログラムと共に消えるっていうんですか。

杉村「僕がやる。

河合「あなただって、立派な夢のはずだ。

杉村「立派な夢?まさか。実を言うとなぁ、僕は消えたかったんだよ。

河合「夢が自殺願望ですか。

杉村「宝くじで一等を当てて、キャバクラでお姉ちゃんに囲まれて挙句ホテルにお持ち帰り、なんて夢、消えたほうがいいと思ってね。

河合「…お持ち帰り?

杉村「あのままじゃあ破産してたな、うん。そういうわけだからさ、やらせてくれよ。

河合「…最後のいいところ、持ってくつもりですか。

 

・・・河合、杉村にiPhoneを渡す。

 

河合「…ありがとうございます。

杉村「じゃあな。リリコちゃんにいい夢見せてやれよ。

河合「えぇ、夢の方は任せて下さい。…杉村さん、リリコを頼みました。

杉村「え?なんのこと?

河合「では。

 

・・・河合、ハケる。

 

杉村「さて、と。博士ェ、Siriってどうやって使うんでしたっけ。

博士「ホームボタン長押し…ハッ!何をしてるんだ杉村クン!

杉村「ふむふむ、ホームボタン長押しっと。

博士「やめろ!やめるんだ!私の夢が!

杉村「プログラム・デリート。

博士「ぐわああ。

 

・・・博士、苦しむ。

 

博士「ばたっ。

杉村「ヒトナナマルヨン、ヒトナナマルヨン。プログラムの削除を、確認。

 

・・・暗転。

 

 

 

 

 

【現実・喫茶ドコカノ】

 

・・・杉村と廻谷がいる。

 

杉村「…リリコ。これ、なんだと思う…?

廻谷「バナナの…皮…?

杉村「そう、バナナの皮だ。それ以外の何でもない。

廻谷「待って下さいよ、バナナの皮と言うことは…!

杉村「ああ…。謎はとべてすけた──!

廻谷「なんで私のバナナ勝手に食べてるんですか!

杉村「うまかったよ。

廻谷「味の感想なんか誰も聞いてないんですよ!

杉村「この間の公演、良かった。

廻谷「え?あ、あぁ。ありがとうございます。

杉村「なんだろうね、演劇なんて見たの初めてだからうまく言い表せないけど。こう、なんか、うん、良かったんだ、感動した!素晴らしい!

廻谷「河合くんに、伝えておきます。

杉村「演出脚本、彼だったんだっけ?

廻谷「えぇ。あの脚本で舞台に立てて本当に楽しかった。

杉村「確かに楽しそうだったなぁ。その、なんだ、輝いてたもん。

廻谷「そんな褒めたって、なんにも出て来ませんよー。

杉村「さっきのバナナ代ってことで、

廻谷「…。

杉村「じょ、冗談だよ。ちゃんと返すから。

廻谷「全く。あぁ、そうだ、来月、東京に行きません?ノゾミちゃんとトシヲくんが公演やるんですよ。

杉村「おお、いいね。何日?

廻谷「12月22日です。

杉村「22日…と。ん、待てよ。その日は有馬記念が…

廻谷「有馬記念?私との約束と、競馬とどっちが大事なんですか?

杉村「いや、もちろん、君との約束のほうが…

 

・・・着信音。

 

杉村「あぁ、ごめん。博士から電話が。はいもしもし。はい、はい。なんですって。ノーベル賞!?あれでですか!?…え?イグノーベル賞?あぁなんだ。いや、でも凄いじゃないですか。はい。今から戻ります。

廻谷「凄いじゃないですか。イグノーベル賞って?

杉村「うん、"人々を笑わせ、そして考えさせてくれる研究"に送られる、ノーベル賞のパロディみたいなもんなんだけど…

廻谷「へぇ!でも凄いじゃないですか。どんな研究を?

杉村「あー。えーっとねぇ。あれなんだよあれ。うん、好きなときに、アレな夢を見れるっていう…。

廻谷「…アレな夢?

杉村「アレな夢。

廻谷「…私が研究所辞めてからそんな研究してたんですか!?最低!!

杉村「いや、ドリキャスの技術をちょちょいと弄ったら…ね。エロはカネになるし。

廻谷「カネになるからって!

杉村「まぁまぁ。そういえば、ドリキャスを使ったのは、君が最後だったっけか。

廻谷「あのあと博士、急にドリキャスは危険だったって言い始めましたもんね。

杉村「あの夢のなかで、何があったのか。まだ思い出せないの?

廻谷「えぇ、断片的にしか。ノゾミちゃんとトシヲくんの夢が戻ったので、成功したのだとは思いますけど。

杉村「結局真相は闇の中か。僕の夢は帰って来なかったし。

廻谷「でも宝くじをやめたと思ったら、今度は競馬じゃないですか。ギャンブル中毒。

杉村「失礼な、僕は夢を買っているだけだよ。

廻谷「またそうやって言い訳するんだから。

杉村「さて、戻らなきゃいけないな。ごめんな、もうちょっとゆっくりしてたかったんだけど。

廻谷「あぁ、いいんですよ。博士に赤飯でも食べさせてあげて下さい。

杉村「そりゃいいや。あぁそうだ、コレを渡さなきゃ。

廻谷「あ、それ。

杉村「この前大掃除をしたら出てきてさ、リリコのだろ、これ。

廻谷「はい、ありがとうございます。

杉村「それじゃあな、また。

廻谷「また。

 

・・・杉村、ハケる。

・・・廻谷、辞書を開く。

 

廻谷「夢。将来実現させたいと思っている事柄。現実から離れた空想や考え。心の迷い。はかないこと、たよりにならないこと。睡眠中にあたかも、現実の経験であるかのように感じる、一連の観念や心像。

 

・・・廻谷、辞書に挟まっていたメモを見るが、白紙である。

・・・廻谷、ペンを取り出し、メモをする。

 

廻谷「"夢は現実の投影であり、現実は夢の投影である。フロイト"。

 

・・・廻谷、辞書を閉じる。

 

廻谷「成仏してくれたかな。

 

・・・廻谷、ハケる。

 

─終幕─